夢見がちな絵本たち
□クリスマス番外編
2ページ/2ページ
舞いあげられた雪が重力に逆らえずに落ちていく。
その雪に降られながら立っている宮地さんや森山さんはどこかのCMにでもそのまま出られそうなほどに様になっている。黄瀬くんなんか本業なだけあって冬特集の雑誌の表紙でも飾ってそうなレベルだ。
…もちろん、その両手に持っている雪玉を見て見ぬふりをしたら…の話だけど。
「…ガキかよ。」
真が呆れたようにその光景を眺めているが一度ムキになって宮地さんに雪玉(しかも気合の入ったやつ)を投げたことを私は忘れていない。
「カイは、」
真そう言うとその冷たく整った顔をこちらへ向けた。
「カイは、お前に何の用だったんだよ。」
『…分からない。』
「分からないってお前な、」
『だって、』
本当に分からないんだから仕方ないじゃん、と言いかけた私の目の前に何かがひらひらと舞って落ちた。
『あれ、外れちゃったんだ。』
それはクリスマスツリーらしきものに唯一飾ってあったリボンだった。金の縁取りがされた真っ赤なリボン。
拾って元通りに結び付けようとしたけど、
『と、届かない…だと?』
「ふはっ。」
私の身長より少し高いそのツリー。
頂上にリボンを結ぶには良い感じに身長が足りなかった。
真がそんな私を馬鹿にしたように笑う。殺意が振り切りそうだ。
「貸せよ。」
『へ?』
「俺がつける。」
意外な申し出に呆けていると無理矢理リボンをとりあげられた。
リボンなんて可愛げのある物は真に似合わないかと思いきやどこか中性的で綺麗な顔立ちの真にリボンを持つ姿は違和感がない。むしろ私より似合っている。
「お前…俺にこのリボンが似合うとか思ってんだろ。」
『え!?なんで分かった!?エスパー!?』
「顔に書いてある。…つーのとお前ならそういうくだらねぇこと考えてそうだなと思ったんだよ。」
もう真に勝てる気がしない。いやもともと勝つ気なんてないし勝てる見込みもなかったけど。…せめて弱点だけでも知りたい人生だった。一度くらいぎゃふんと言わせたい!!
「…お前の方が似合うんじゃねぇの。」
その一言はあまりにも突然すぎて返事も忘れてぱちくりと、真を見つめ返した。
…え。
…今、なんて?
「リボン。…女がつけるもんだろ。こんなの。」
付け加えるように真は感情を抑えたような声でそう言った。
うん。そうだね。そうだよねリボンは男子じゃなくて女子が付けるものだよね、うんうん。
…あれ、なんだろう。なんだろう落ち着かないんですけど。あれ、これってまさか私褒められた?リボン似合うって言われた?
『私にリボンが似合うって!!!???』
「うるせぇよ!!」
思わず大声を上げると真に頭を小突かれた。
「男の俺より女のお前の方が需要があんだろ、っつっただけだろ。」
『…うん、分かってる。分かってるよ。』
調子に乗りませーん、と敬礼をしてみせると真は何とも言えない顔で肩を竦めた。
「分かってんなら良い。」
そう言うと真は持っていた赤いリボンをしゅるり、と伸ばした。
「ほら、メリークリスマス。」
どこをどうしたのか。
クリスマスかどうかも分からないのにそう呟いた真の器用な指先によって真の手の中にあったはずのリボンはあれよあれよという間に私の頭に結ばれていた。
ヘアバンドのようにうなじから髪の後ろを通って頭のてっぺんで結ばれたリボン。
恐る恐る触ると綺麗な蝶々結びになっていた。
「意外と似合うな、やっぱ。」
真はそう呟くと笑った。
今までで見たどの笑顔より幼くて無邪気で綺麗な笑みを浮かべた真に驚いて固まる。
「○バQのP子みたいで。」
…次の瞬間私はしっかりと固めた雪玉を握りしめて振りかぶっていた。
そりゃあもう、全力で。
『誰がP○だあああああああああああ!!』
私の全力投球の雪玉を軽くかわした真が珍しく心底楽しそうな顔のまま逃げ出す。この野郎逃がすか。
似合うとか柄にもないことを言うからびっくりしていた矢先にこれだよ。見たことない人は検索してほしい。私の怒りの理由最もだから。私あんなに毛数少なくないから。いやキャラクターとしては可愛いけどね!?
「おー、みょうじ結構似合ってんじゃん。」
『お世辞は間に合ってます宮地さん。』
真に向かって雪玉を構えながら走る私に同じく森山さんに高速雪玉ビームを浴びせかけたばかりの達成感にあふれた宮地さんが声をかける。その言葉は嬉しいけど今は何も信じられない、みょうじなまえ高校生の今日この頃。
「俺の褒め言葉くらい素直に受け取っとけ。」
色素の薄い瞳を細めてふわりと笑いながらそう言う宮地さんはやっぱり無自覚タラシだと思う。きっと秀徳で何人もの女子を知らないうちに泣かせてるんだと思う。
「そうそう似合ってる!!超可愛い!!」
可愛いを安売りしてそうな森山さんからもそう言われる。…ていうか森山さん雪玉に埋もれてない?大丈夫?
『…森山さんの可愛いって安売りしてそうですよね。』
「じゃあ美しい!!」
『ハードル上げるの止めましょう!!』
私がそう叫んでいるとちょんちょん、と後ろから肩を叩かれて振り返ったら黄瀬くんが立っていた。
「ほら、暴れるから。」
そう言うと黄瀬くんの細いけどしっかりした指先が私の頭上に伸びる。
その指がリボンの位置を修正したのが分かった。
「はい、大丈夫ッスよ。」
そういってにこり、と笑う黄瀬くんはやっぱり腐ってもモデルだった。いやそもそも腐ってすらなかった。絶好調のモデルだった。笑顔が美しい…。もうやだイケメン…目に悪い。
『だあああああああ!!分かった!!』
無性に恥ずかしくなって私は叫ぶ。
『もう一回、雪合戦しましょう!!私も混ぜて!!』
なんでだよ、と周りに突っ込まれながらも投げた私の雪玉は今まで傍観を貫いていた瀬戸さんに何故か見事にヒットしてしまった。
静かに顔を上げた瀬戸さんと目線が絡む。
…あ、コレ死んだわ。
私の死へのカウントダウンが今、確実に始まった。
(待ってて、って言ったんだけど。)
雪合戦に飽きたのかなまえと何人かで雪だるまを作っている姿を見ながらカイは何とも言えないため息をついた。
(女は、雪よりプレゼントの方が好きだっつったじゃん。)
思わず口調が荒くなるがそれも無意味に感じて首を竦める。
(かーえろ。)
誰もいない、雪だけが積もった地面に。
――紫のクロッカスの花束がめちゃくちゃにされて散らばっていた。