みじかいの

□伝えたい、伝わらない。
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「仕事熱心だよねぇ、キミって。」


私が熱心に薬作りを勉強していると、後ろから呑気な声が聞こえた。
無性にイラっとくる。


「…白澤様も、私を見習って仕事してください。」


後ろには目を向けず、声の主に話し掛ける。
えー、なんて声が聞こえた気がするけど、無視無視。
ちょっとでも甘やかすと、すぐ調子に乗っちゃうから。


「けど僕も、最近は仕事してると思うよ?
女の子と遊ぶ回数も減ったし、中々の努力家だと思うよ、我ながら」


「自分で言ったせいで、台無しですよ…」


確かに白澤様は、最近真面目に仕事をするようになった。
…何だかんだ言ったって、前から仕事は一応してたんだけど。

私がそう思いながら、教材のページを捲ろうとすると。
後ろから伸びてきた手が、私の手にやんわり重なった。
その手は確かに、私のページを捲る手を制止していた。


「…白澤様、邪魔しないで下さいよ」


私が振り向くと、ちゅ、と言う軽いリップ音。
白澤様の唇と私の唇が重なった音だった。
気付けば、身体が付くほどに近くにいた白澤様。
私は、彼の動きの滑らかさに少し吃驚していた。


「……私は、白澤様と遊ぶような軽い女じゃないんです。
何度言ったら分かるんですか…」


「僕は、遊びのつもりなんてない。
何度言ったら分かってくれる?」


白澤様は、少し語調を強く被せてくる。
その時、後ろから優しく抱き締められた。
背中から伝わる白澤様の鼓動が速いのに気付いてしまった私は、もうどうすることも出来ない。
はぁ、なんて白澤様の息遣いも、鮮明に聞こえてくる距離。
何百、何千年もここに勤めてきて、初めてのことだった。


「キミが分かってくれるまで、何度でも言ってあげる。
僕はキミが好き。
この気持ちは本当だよ。」


切ない吐息も速い鼓動も、抱き締めた腕の優しさも、全てが彼の本心を物語っている訳で。
全部全部愛しかった、昔押し込めた本心が溢れだした。

白澤様が、好きだった。

それでも彼は遊び人だから、好きになっても悲しむだけだと。
そう分かっていたから、その気持ちに蓋をした。
分からない方がいい。
知らない方が楽だ。
その方が、私の為なんだ。

それでも今、白澤様への想いを思い出してしまった。
忘れていた筈なのに、覚えていた。
数百年の間、閉じ込めていた記憶。


「…分かってます、分かってるんです。
それでも、白澤様は私なんて捨ててしまわれる。
…飽きたら、きっと。
臆病な私は、それが恐くてならないのです。」


捨てられるくらいなら、知らなくていい。
そう思ってしまう。

すると白澤様は、私の身体をより一層強く抱き締めた。


「…大丈夫、逃がしたりしないよ。
キミがもし、僕と共にいてくれるんなら、ね?」


白澤様は、ずるい。
女の子が欲しい言葉も、欲しい行動も、声色も、全て知っているんだ。

…騙されてもいい。

そう思ってしまった私は、白澤様に騙された女の一人になってしまったのか。


「………ね、返事を頂戴?
いつまでも黙って獲物を游がせていられるほど、僕は出来た獣じゃないんだよ。」









伝えたい、伝わらない。









(信じるか信じないかじゃなくて)

(結局最後に残るのは)

(好きかそうじゃないか、って事だけなんだけど、さ)

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