EXO

□雨は刃に
2ページ/2ページ

.




玄関を出て道路へ出る。



外はやっぱり寒くて、息が真っ白だ。



「はぁ…懐かしいな。どの道を通って行こうかな」



三つに別れた道。


何処を通っても行けるんだけど…




『いしん!』




俺を呼ぶ声に驚いて顔を上げた。


右に伸びる道から聞こえたけれど、そちらを向いても誰も居なかった。



「…幻聴…」



なんだ、幻聴か。


それはそうだ。


だってあの呼び方をするのは、あの声は…

ここに居る筈のない『名無しさん』なのだから。



「ふ…名無しさんが呼んでるのかな」



まだ耳に留まっているその声は、幼い名無しさんの声で。



右に伸びる道は、少し遠回りになる坂道だったのだけれど

そう…昔、小さな頃は、真っ直ぐの道は階段があって
近道になってしまうから、寂しくて俺が嫌がっていたんだ。


だから名無しさんがこっちの坂道を選んでくれていた…。



そうか…その時の名無しさんが呼んでるんだな。



その声につられるように、俺は坂道へ足を運んだ。





坂道を登り切ると、そこは古びた商店街。



昔よく通った駄菓子屋さんや書店。



そうそう、あの八百屋さんの家に居た柴犬。

吠えるとすっごく怖かった。


今もまだ居るのかな?



まだ朝だから人通りは少ない。



あ、そうだ。


花を買って行かなきゃ。




商店街のお花屋さんに入ると、優しそうなお姉さんが出てきた。



「あら、いらっしゃっい。プレゼントのお花かしら?お好きなお花を言って頂戴ね」



ネームプレートに【テヨン】と書いてあるその女性が穏やかな笑顔でそう言った。



「あはは…プレゼントではないんですが…。じゃあ、クリスマスローズを適当に包んでいただけますか」

「…珍しいお花を知ってるのね?はい、少し待っててね」



俺も、百日草なんて花は高校に入るまで知らなかった。


名無しさんが教えてくれたんだ。

『この花好きなの。綺麗でしょ』って。



「はい、どうぞ。…因みに、クリスマスローズの花言葉は知ってる?」

「…?いえ…」


不思議な顔をした俺に、お姉さんは優しい笑みを浮かべる。


「ふふ、クリスマスローズはね【追憶、私を忘れないで】なの…素敵でしょ?」



…忘れないで。


あの時、名無しさんはどんな思いで俺にクリスマスローズの話しをしたんだろう。





忘れるまでは辛い。



忘れてはいけない。



俺の大切な人。





.


.


.


.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ