小説

□出会い
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その村の夜は恐ろしいほど静かであった。いや、昼でも十分過ぎるほど静かなのだが夜の帳が下りると更に村は暗く静寂に沈む。
村の名前はニブルヘイム。クラウドとティファが5年前に燃えてしまったと説明したこの村は、彼らの言葉とは裏腹に5年前の面影を色濃く残したままそこに在った。

しかし住んでいる村人はクラウドもティファも全く知らない人々であり、村の雰囲気もどこか殺伐としていた。5年前に燃えたはずだと2人が説明すれば笑ってはぐらかす者や急に怒り出す者ばかりだ。何か様子がおかしいことはニブルヘイムに初めて来た他の仲間も感じ取ったが、真相は闇の中であった。

そのニブルヘイムの小さな宿の一室でユフィは夜中に目を覚ました。いつもなら一度眠ってしまえば朝まで起きないのに。
おかしいな、と思いながらユフィはもぞもぞとベッドから出た。
思っていたより空気が冷たくて思わず身震いする。窓から差し込むのはわずかな月明かりのみで外からは何の物音も聞こえない。そのせいか自分の呼吸の音と同じ部屋に寝ているレッドXVの寝息がやけにうるさく聞こえた。
レッドXVはユフィが寝ていたベッドのすぐ横で丸まって熟睡している。起こさないように気を付けながらユフィはそっと部屋を抜け出した。

−−−アタシが夜中に目を覚ますなんて、我ながら珍しいなぁ。ジュース買お、ジュース!

そう思いながらユフィは宿の階段を軽やかに降りる。曲がりなりにも忍者としての修行をした成果なのか単に身軽なだけかは分からないが足音を立てずに歩くのはユフィの得意技だ。
客室が並ぶ二階から、自動販売機や談話室がある一階に降りるとユフィはロビーに設置されてあるベンチに人影があるのに気付いた。そして、それが誰であるかも。

−−−アイツは、今日仲間になった奴………名前は確か………

『私は、元神羅製作所総務部調査課、通称タークスの……ヴィンセント・ヴァレンタインだ』

ユフィはその日神羅屋敷の地下室であった出来事を反芻した。地下室の鍵を開けたこと。怪しげな棺桶を調べると一人の男が出てきたこと。クラウドとその男がユフィにはよく分からない会話をした後結局その男は仲間になったこと……。

そして、その彼が元神羅の人間だということ。

男の名前はヴィンセント。背は高く髪も長い。顔は整っているが髪と頭に巻かれたスカーフのようなもので表情はよく伺えない。だが印象的な紅色の瞳は少なくともユフィには少し恐ろしく感じた。

ヴィンセントはユフィが降りてきた階段とは背を向けて座っていた。ヴィンセントはユフィに気付いていないのか、それとも気付いていても振り返る気もないのか、はたまたベンチでうたた寝してしまっているのかは分からないがユフィは興味本位で彼の元へ近づいて行く。


「ヴィンセント?こんな時間にそんなとこで何してんのさ、早く寝なよ」

ユフィが声をかけるとヴィンセントはゆっくりと顔を上げた。出会ったときに着ていたマントや、頭に巻かれたスカーフ、手に付けていたガントレットは(当たり前といえば当たり前だが)全て外されていた。

「その台詞、そのままお前に返すぞ」

ヴィンセントの低い声が空気を震わせた。その表情からも声音からも特に何の感情の揺れは感じられない。ロボットみたいだ、と瞬時にユフィは思った。

「ア、アタシはちょっと喉渇いたからジュース買いに来ただけ!さっきまで寝てたんだからね!」

そう早口に言うとユフィはさっさと自動販売機の方に走り去った。仲間になったとは言えそういえばまともに喋るのは今ので初めてだった。気まずいことこの上なしだ。


「根暗、無口、無愛想!」

ブツブツ呟きながらユフィは買ったオレンジジュースの栓を開けた。その場でゴクゴクと半分くらい喉に流し込む。

ーーーあ、そういえばアタシ、まだ……自己紹介してない……


そう思い、ユフィは先ほどヴィンセントがいたベンチまで引き返し、彼の隣にちょこんと座った。ヴィンセントがそれに気付きユフィに顔を向ける。紅色の瞳が薄暗いロビーでギラリと光った。



「アタシ、名前言ってなかったよね、アタシの名前−−−」

「ユフィ・キサラギ」


ユフィの声を遮るようにヴィンセントがその名を呼んだ。ユフィはぎょっとして危うくジュースを零しそうになった。

「なっ、ななっ、何で知ってんのさ!?」

「クラウドに全員の名前は聞いた。もう覚えている」


ーーー意外とマメなヤツ……

ユフィはジュースを一口飲んだ。ユフィはヴィンセントのことをクラウドとそっくりな何事にも興味を示さない男だと思い込んでいたが、どうやら少し違うらしい。


「それで、アンタはここで何してんの?」

「少し考え事をしていただけだ。気にするな」

興味半分、仲良くなってやろうという余計なお節介半分でユフィは話しかけたが、あまり関わるな、というような口調でヴィンセントに言い返された。ユフィは少しカチンときたが「あっそ!」と言うだけに留めておいた。しかしさっさと部屋に戻る気にもならず、新しい仲間を少し観察してみることにした。


漆黒の髪は真っ直ぐと伸び、ずっと屋内で寝ていたせいか露わになった手や顔や首は白く艶やかだ。

一方ユフィは邪魔だからと髪は常にショートカット、外ではしゃぎ回ってばかりで肌は少し焼けていて、ヴィンセントと真逆である。ユフィはヴィンセントと自分を見比べて不本意な劣等感に苛まれた。

「な、何かムカつく!!」

突然大きな声を出してからユフィはジュースを飲み干した。ヴィンセントは訳が分からないと言った顔をしている。それもそのはず、ヴィンセントはただ座っていただけなのだ。ムカつく!などと言われる筋合いはない。


「……私が何かしたなら謝ろう…」

何もした覚えはないが、と心の中で付け足しながらヴィンセントは言った。横でプリプリと怒り出した小さな忍者は勢いよく立ちあがり、ヴィンセントの前に仁王立ちした。

「あー、もう!謝られると余計に腹立つなぁ!アタシよりキレイな髪とか手とかしてるからムカついただけ!それだけ!アタシはもう寝る!じゃね!オヤスミ!」


ヴィンセントには全く意味が理解できなかったが何かを聞き返す前にユフィはジュースの缶をゴミ箱に放り投げ、客室へ続く階段の方へ一目散に駆けていってしまった。缶が綺麗な放物線を描いてゴミ箱に収まる。普段手裏剣を投げている分、物を狙い目通りに投げるのが上手いな、などとヴィンセントが下らないことに感心していると、ユフィがいつの間にやらヴィンセントの前に戻ってきていた。



「アタシ、結構強いんだからね!これからヨロシク!」


ユフィはそれだけ言うと、今度こそ足音は客室の方へと消えて行き、ヴィンセントは嵐が去ったときのような気分になった。



「……騒々しい奴だ」


そう呟くとヴィンセントは軽く鼻で笑い、自分も客室へと戻ることにした。あの娘はなぜクラウドたちと行動を共にしているのだろう、などとヴィンセントにしては珍しく他人のことを気にしながら客室へ上がる階段を登っていった。



ユフィがパーティーメンバーのマテリアを盗んでいくのはもう少し後の話である。

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