小説
□ごめんねとありがとう
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「ご、ご飯がない、いや、ティファがいない!」
飛空挺ハイウィンドに叫び声がこだました。声の主はユフィである。
何の変哲もない穏やかなある朝のこと。食事は全員一緒に!とエアリスから義務付けられた仲間たちはエアリスが星に還った今もその約束を守っている。今朝もいつもの時間に集まってきていた。寝坊常習犯はクラウド、ユフィ、シドであったが今朝は珍しく全員起きてきていた。代わりにティファがいない。毎朝1番に起き、全員分の朝食を作り、果ては寝坊した者を起こしまで行くティファがいないというのは初めてであった。
「ティファが起きてねぇのか?珍しいな。ユフィ、起こしてきてくれるか?」
バレットが言うと「はいよ〜」とあくびしながら返事をしたユフィは席を立った。ユフィは空腹のせいか眠気のせいか、いつものお転婆姿とは似ても似つかぬおぼつかない足取りでティファの寝室へと向かった。
しばらくしてけたたましい足音と共に血相を変えたユフィが戻ってきた。全員が何事かと彼女に注目した。
「みんな、大変!!ティファ、すごい熱!」
体だけは丈夫な六人と二匹だったため、誰かが熱を出すのはこれが初めてだった。ユフィは体温計を渡しに行き、クラウドは水と薬を買ってくる、と言って凄まじい速さで飛空挺を飛び出て行った。ヴィンセントとシドは今日ティファがするはずだった掃除と洗濯を手分けしてやった。そしてバレットはおかゆぐらいなら作れる!と意気込みキッチンに向かった。
「なんや、ボクら、役に立たんなぁ」
「動物とロボットだしね……」
「シドさんとヴィンセントさん、それにバレットさんも家事なんてできるんですかいな……」
「全員アヤシイけど、オイラもできないよ……。ケット、できるの?」
「本体なら少しくらいできまっせ。せやけどこっちの体やとちょっと難しいですなぁ……。」
残されたケット・シーとレッドXVが特にすることもなくそんな会話をしているとティファの熱を計り終えたらしいユフィが戻ってきた。
「あれ、みんなどこ行ったの?ティファすごい熱だよ。38度もある。でも移ったらいけないからって追い出されちゃった」
ユフィがやれやれ、とため息をつきながら椅子に腰掛けると、ケット・シーが何やら嬉しそうに右手を挙げた。
「ほんなら、ボクが看病します。ロボットやさかい、風邪は引きませんし熱も出しません」
ケット・シーがそう言うとバレットが「おう!ちょうどよかった!お粥できたぜ!」と言いながら入ってきた。途端にユフィとレッドXVが眉間に思い切り皺を寄せた。
「バレットの料理、大丈夫かな……オイラなら食べたくないなぁ……」
「何でバレットが料理してんだよ!ティファ、もっと具合悪くしたらどうする気なんだ……」
レッドXVとユフィの失礼な会話をよそにケット・シーはバレットからお粥を受け取りティファの部屋に向かった。向かう途中、バレットの「おい、何コソコソ話してんだ、お前らにも朝ごはん作ってやったぜ!」という声とユフィとレッドXVの悲痛な断末魔が聞こえてきた。
「ティファさん、ボクです。ケット・シーです。バレットさんからお粥預かってきたんで届けに来ましたよぉ」
そうケット・シーが声を掛けると「どうぞ」と元気のないティファの声が聞こえてケット・シーは中に入った。ティファは上半身だけ起こして火照った頬で苦笑した。ケット・シーはどうぞ、とだけ言ってお粥を渡す。
「バレットが作ってくれたの?」
「ハイ、クラウドさんが今薬買いに行ってます」
その言葉にティファはこくんと一度頷くとお粥を食べ始めた。ケット・シーが「ボクなら熱移りませんので安心してください」と言うとティファは少し笑って「ごめんね」と囁くように言った。
ーーーごめんね、か……
「ティファさん、それはちゃいますわ」
「え?」
「ボクらはいつもティファさんにすごいお世話になってます。いや、みんながみんなに迷惑かけながら、それをフォローしながら、今までやってきたんや。困ったときに助けるのは当たり前。だからこういうとき、ごめんねやない。ありがとうやとボクは思います。って、病人に説教みたいなことして申し訳ないですわ」
ティファはおかゆを食べる手を止め、首を左右に振った。(おかゆはちゃんと美味しかったそうだ)
「ううん、ケットの言う通りだわ。ありがとう。そうよね、私、もしかして少し疲れてたのかもしれないわ」
クラウドのこと、エアリスのこと、ニブルヘイムのこと、セフィロスのこと、そしてもう星に還ってしまった両親のこと。
少し一人で抱え過ぎたのかもしれない。クラウドは本当に一時期どうなることかと思ったが、元に戻って、いや、本当のクラウドになって安心した。エアリスのことは、思い出すと今でも悲しくてたまらないが、でも、それはみんなだって同じなのだ。
クラウドが今のクラウドになって、安心した分、肩の力が抜けて熱が出たのかな、とティファは思った。少し気を張りすぎたのかもしれない。仲間が、こんなにたくさんいるのに。
もう少し、よりかかって良かったのだ。
「早く元気にならなくちゃね!」
「おっ、それでこそティファさんです」
少し表情が明るくなったティファを見てケット・シーは安心した。でもそれはティファが元気になったことより、スパイである自分の言葉を受け入れてもらえた安心感かもな、と彼は思った。
そこに薬を買ってきたクラウドが転がり込むようにして部屋に入って来た。随分急いだのか、髪が少し乱れている。普段のクラウドらしからぬ姿にケット・シーは驚いて込み上げてくる笑いを必死で抑えた。
「ティファ、大丈夫か。薬だ。水も買ってきた」
ちょうどお粥を食べ終えたティファは薬と水を受け取り、今度は「ありがとう」としっかり言った。
ーーーこれでもう大丈夫や。
ケット・シーはそっと部屋を後にした。