小説
□先輩、起きてください!
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「リーブから連絡があった。クラウドたちはゴンガガの方へ向かったらしい。先回りして見つけ次第、排除するんだ」
タークスの本部でルードとイリーナはツォンから次の任務の内容を聞かされていた。
「えぇっと…二人で、ですか?」
イリーナはレノがいないことに驚きつつツォンに聞いた。
レノとルードは長年ペアで仕事をしているのでイリーナが任務に行くときはツォンと二人か、レノとルードと三人で行くことがほとんどだった。
「レノは今任務中だ。簡単な任務だから一人で行かせている。今日中に帰ってくる予定になっているから明日の朝三人でゴンガガに向かってくれ。レノには私から連絡しておく。なるべく早く出発するように。以上だ」
イリーナとルードは「了解」と短く返事をして部屋を出ようとした。
「あ、待て、イリーナ」
ツォンにイリーナだけ呼び止められた。
イリーナは思わず頬が緩みそうになるのをこらえながら振り返った。
そのわずかな表情をルードは見逃さなかったが、特に何も言わずそのまま出て行った。
な、何だろう……何か悪いことした覚えはないし…今晩飯でもどうだ?とかだったりして!
期待で胸をパンパンに膨らませてイリーナはツォンを見る。
「明日ゴンガガでクラウドたちを見つけたら後はレノとルードに任せてイリーナはすぐ報告に帰って来てくれ。忙しくて悪いがそのまま私と他の任務がある。呼び止めてすまない。以上だ」
何だ…全然違うじゃない!!
まあそれもそうよね、次の日の朝任務が待っている部下にツォンさんが夕食に誘うわけないわ。
期待した私が悪いのよ、そうよ!
イリーナは自分を慰めることに必死で返事をするのをすっかり忘れていた。
「どうした、イリーナ。そんなにレノとルードと離れたくないなら無理にとは言わないが」
返事がないことを拒否だと受け取ったツォンはイリーナを少し睨んでそう言った。
イリーナは慌てて首を振る。
「い、いえ、とんでもありません!了解しました!失礼します!」
逃げ出すように部屋を出てため息をついた。
いや、でも帰ってきたらツォンさんと任務だ!とイリーナは少し胸を弾ませた。
その日の夜遅く、レノは神羅ビルへと帰ってきた。
任務の内容は裏切りの疑いがある社員の尾行と抹殺だった。
思いの外難航し予定時間より何時間もオーバーしていた。
明日の早朝からまた任務と聞いたレノは家に帰っては寝る時間がなくなると思い、今晩はビルの仮眠室で寝ることにした。
「全く…。ヘトヘトだぜ、と」
一人愚痴を零しながら簡易ベッドに雪崩れ込むようにして眠りについた。
翌朝、かなり眠そうな顔のイリーナとサングラスで表情のよくわからないルードが出社してきた。
出発予定時刻の15分前にツォンの元に顔を出した。
「レノはどうした」
ツォンが厳しい声で言うとイリーナとルードは顔を見合わせた。
「ルードはレノに電話しろ。イリーナ、一応仮眠室を覗きに行くんだ」
ため息混じりにツォンが言うのと同時に二人は動いた。
出発まで15分しかない。イリーナは仮眠室に駆け込んだ。
するとわずかに着信音が聞こえる。
音の方へ行くとレノがぐっすり眠っていた。着信は無論ルードのものだろう。
その音にも全く気付く気配もなくレノは眠り込んでいる。
「もうっ!」
イリーナはレノの携帯を取った。
「あ、もしもし、ルード先輩。レノ先輩仮眠室で寝てました。すぐ起こして直接下に行きます」
「……レノは寝起きが悪い。心して起こせよ」
「わ、わかりました…」
ルードからの忠告を受けて電話を切る。
目の前でこれだけの会話をしたのにまだ起きる気配のないレノはなるほど確かに寝起きが悪そうだとイリーナは思った。
「先輩!!任務の時間です!あと10分で出発です!起きてください!」
イリーナはとりあえず叫びながらレノの頬を叩いた。
するとレノは目一杯眉間に皺を寄せてゆっくり目を開けた。
「お…?イリーナか?何でお前がこんなところにいるんだ、と」
寝起きなので声がかすれている。
「任務だから起こしに来たんです!ルード先輩はもう下で待ってます!早く起きてください!」
「はいはいっと。お前はルードルードってうるせぇなあ…」
「そ、そんなに私ルード先輩の話ばっかりしてますか!?」
「そんなに露骨に焦ったらバレバレだぞ、と」
レノも任務の時間が迫っているのは分かっていたが、なぜだか起きる気にならない。
イリーナはルードにだけ懐き過ぎなんだぞ、と。
早く!早く!とせかすイリーナを見ているとレノは何だかいじめてやりたい気持ちになってきた。
「イリーナ、起こせ」
レノは両手をぶらーん、と宙に上げた。
途端にイリーナの顔に怒りの色が増す。
「はい!?子どもじゃないんだから自分で起きてくださいよ!あと10分もないんですよ!」
「お前が起こしてくれねーと起きないぞ、と」
「ほんと、困った先輩…」
寝起きが悪いってこういうことだっけ?とイリーナは首を傾げながら、迷っている時間もなさそうなのでレノの手を取った。
思い切り引っ張ろうと力を込めた瞬間、レノが自分で思い切り起き上がった。
反動で後ろによろけたイリーナをレノが逆に引っ張った。
イリーナは転ばずに済んだが、あと数センチ、というところまで二人の顔が近づいた。
レノのちょっとしたイタズラだった。
「う、うわっ、先輩何するんですか!」
途端にイリーナの顔が赤くなる。
レノはニヤッと笑い、離れようとするイリーナの手をギュッと掴む。
「最悪の寝起きになったから仕返しだ、と。顔、真っ赤だぞ。俺に惚れるなよ、と」
息がかかりそうなくらい至近距離でレノはイリーナに囁いた。
何が起きたか理解できずイリーナは固まる。
その隙にレノは握った手をパッと離し、すっかり目が覚めたのか身のこなし軽くベッドから抜け出す。
イリーナは赤い顔のまま固まっている。
「早くしろよ、出発5分前だぞ、と」
何事もなかったかのようにレノはそのまま仮眠室を出た。
イリーナはハッと我に返り、慌ててレノの後を追う。
「先輩に惚れるわけないじゃないですかー!!び、びっくりしただけですっ!それに先輩に早くしろとか言われる筋合いないんですけど!」
レノを追いかけながらイリーナは叫び、その声は早朝の神羅ビルに響き渡った。
出発ギリギリでビルの入り口に着くと既に会社のヘリが用意されていた。
「遅くなりましたっと!」
レノは本当に何事もなかったかのようにヘリに乗り込む。
「イリーナ、何か顔赤くないか?」
イリーナも続けてヘリに乗ろうとしたときルードに声をかけられた。
「そ、そんなことありませんっ!」
「イリーナ、やっぱ面白い奴だぞ、と」
そう呟いたレノの声はヘリのエンジン音でかき消された。