小説

□孤独の決意
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「エアリス、エアリス!」

エアリスは柔らかい声に導かれ目を覚ました。しかし起きたその場所は宿屋のベッドではなかった。そこはとても美しい祭壇だった。ゆっくり顔を上げるとそこにいた人物にエアリスは目を見開いた。

「お母……さん?」

エアリスの母−ー本当の母、イファルナだった。エアリスはすぐにこれが夢だと悟った。夢だと分かる不思議な夢だ。何十年かぶりに見る母の姿に思わず視界が揺らいだ。ミッドガルのスラムの駅で死別した、そのときの姿だった。

「久しぶりね、エアリス」

「お母さん…!」

にこりと優しく微笑んだイファルナの胸にエアリスは年甲斐もなく飛び付いて泣いた。本当はずっと悲しかった。ずっと寂しかった。ずっと会いたかった。エルミナのことも心から愛しているし母だと思っているが、エアリスの奥底に暗く沈んだ孤独が消え去ることはなかった。イファルナが恋しくてたまらなかった。それでも笑顔は絶やさなかった。明るく生きて行こうと努めた。イファルナがそうであったように。

エアリスには物心ついたときから父はいなかった。イファルナに聞くともう星に還ってしまったと言われた。何故か聞いても答えてはもらえなかった。とても頭の良い科学者で、エアリスを心から愛していたとだけ言われた。いつも神羅の人間に監視され、普通の親子のようにどこかへ遊びに行ったり一緒に料理をしたことは一度もない。ここから逃げましょう、とイファルナが言うその瞬間まで、エアリスの世界には神羅とイファルナしかいなかった。

「お母さん、会いたかった……お母さんだけ死なせてしまって、ごめんなさい……」

そう言いながら泣きじゃくるエアリスの頭をイファルナは愛おしそうに撫でてクスクスと笑う。エアリスとそっくりな笑い声だった。

「大きくなったね、エアリス。何であなたが謝るの?エアリスを守れなかった私があなたに謝りたいくらいなのに。ねえ、何で私が今あなたに会いに来たか分かる?」

エアリスはイファルナから離れ、1度こくんと頷いた。その拍子に涙が地面へと吸い込まれて行く。

「メテオ、セフィロス、ホーリー……」

イファルナは、そうよ、いい子ね、と言ってエアリスの後頭部に腕を回した。その手が触れたのは、白マテリア。

「いい?エアリス。白マテリアとあなたが星を救うたった一つの手段よ。忘らるる都に行きなさい。眠りの森と呼ばれる森を抜けた先にあるわ。そして祈るの。星と共にね。大丈夫、あなたならできるわ」

「都は……どこにあるの?」

「きっと星が導いてくれる。あなたの味方よ。祈りが通じたら白マテリアは淡い緑色に光ると言われているの」

「分かった。私、やってみるね」

その言葉にイファルナは笑顔で頷くと白マテリアから手を離した。イファルナの瞳にも涙が浮かんでいる。

「エアリス、あなたを守れなくてごめんなさい。お父さんと……あなたを守ると決めたのに……ごめんなさい。私が死んでからも怖い思いをたくさんしたでしょう?寂しい思いをしたでしょう?神羅から逃げて、2人で静かに暮らしたかった。あなたが大人になるまで見守っていたかった。ううん、本当は、お父さんとあなたと3人で生きていきたかった……」

ぽつりぽつりとイファルナが呟くように言う。その言葉はエアリスの心に深く深く染み込んだ。あまりに悲しかった。私だってお母さんと生きていたかった、と口にしたいのに涙が止まらない。エアリスは自分なりに幸せな人生を送っていたと思っていたし、その思いは今でも変わらない。エルミナやクラウドたちと出会えて本当によかったと思っている。しかし本当の両親に囲まれて生きていけたらどんなに幸せだっただろうと思ったことは1度や2度ではなかった。

「エアリス、あなたを、愛してるわ。他の誰よりも、ずっと…………」

その言葉を最後にイファルナの姿はまるで最初からなかったかのように消えてしまった。それでもエアリスの涙は一向に止まらない。母に会えた喜びともう会えない悲しみと、1人で大きな宿命に立ち向かわなければならない恐怖が綯い交ぜになっていた。

「私も、私も………愛してる……お母さん……」

エアリスの声が誰もいない祭壇に浮かんで消えた。






夢は唐突にそこで終わった。
ユフィが眠ってしまうまでベッドで狸寝入りをして待つ予定だったがどうやら本当に眠ってしまったようだった。時計を見ると2時間くらい経っていた。ユフィの規則正しい寝息が部屋に響いているのを確認してエアリスはそっとベッドから出て着替えた。



ー−ー忘らるる都、眠りの森。



イファルナに言われたことを心の中で反芻する。窓の鍵を開け、外を確認する。幸運にも宿の部屋は一階で、脱出するのは容易い。念のため部屋を見返すとユフィは依然眠ったままだ。

「ごめんね、すぐ、帰ってくるから」

そう呟くとエアリスはそっと部屋から抜け出した。外は空気が澄んでいて冷たい。武器であるロッドを握り締め、エアリスは1人ゴンガガを去った。
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