小説

□君の声が聞こえたら。
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ヴィンセントは表情には出さずともひどく驚いた。いつもふざけてばかりでわがままで横着なこの若い娘が、ひどく重たい過去を持っていること、人の死に関してしっかりした自分なりの解釈があること、そしてそれがあまりにも悲しい解釈だということ、全てに驚いた。

「エアリスは私たちを見守ってくれる存在ではないはずだ、そんなのはこちら側のエゴだ、ということか」

「そーいうこと。すごいジコチューだよ、そんなの」

いつも自己中心的なことばかりしてパーティのマテリアを全て取って行った者がどの口で言うか、と冷静にヴィンセントは考えたが今口に出すのはやめておいた。それより、今はユフィにかけるべき言葉がありそうだ。

「………。死人に口無しという言葉がある」

ヴィンセントが呟くように言った。低い声が忘らるる都に響く。ユフィは何を言い出すかと眉を潜めた。

「確かにエアリスは私たちを見守ってくれるとは限らない。もしかしたらまだ生きている私たちを憎んでるかもしれない、いや、最早何も考えてないかもしれない。だが、それを確かめる術はない。エアリスはもう生きていないし、生きていない者とは意思疎通はできない」

ヴィンセントは一度言葉を切った。ユフィにしては珍しく黙って聞いている。手短にしろと言ったのは自分なのに長々と話し出そうとしている己にヴィンセントはフッと柔く笑った。

「そして、死者と生者の決定的な違いは、………当たり前だが、生者には未来があるということだ。一秒後、一日後、一年後、まだ生きていかねばならない。死者との別れを乗り越えて。そしてその別れを乗り越え、生きて行く為には、お前のような考えだと余りに消極的過ぎる。悲しみを乗り越えるには効率が悪い。死者が自分たちを見守ってくれている、出会えてよかったと思ってくれている、そう思った方が遥かに悲しみは軽くなるはずだ。それをお前はエゴと言うかもしれないが、別にそれで悪くないのではないか。考えたところで答えは出ない問題だ。どう考えるかは、生きている私たちの自由だ」

久しぶりにこんなに長々と喋ってしまった、とヴィンセントは思った。そして何より、今ヴィンセント自身が言ったことはユフィより己にかけるべき言葉でもあった。

ーーー私は何も乗り越えてはない……。いや、乗り越えようともしていないのだがな……。


2〜3メートル先にいるユフィが大きく目を見開いて驚いているのがここからでもよく見える。呆気に取られている彼女を一瞥して、話は終わりだと言いたげにヴィンセントは踵を返してさっさと歩き出した。すぐさま「ちょ、ちょっと待ってよ〜!」という情けない声と共にパタパタと軽やかな足音が近付いて来る。

「も、もしかして、ヴィンセント、アタシのこと励ましてくれた!?」

ヴィンセントに追い付き、尚も足早に歩いて行く彼に置いて行かれまいとちょこまかと懸命に足を動かしながらユフィは問う。

「………。」

「む、無視かよ!」

「………。」

「何だよ〜!急に機嫌悪くしちゃってさ!ベラベラ長く喋っちゃったのは悪かったけど、いきなり黙るなんてガキがすることだぞ!おい、ヴィンセントったら!」

この分だとさっきまでのように黙ってただモンスターを倒してくれていた方がよかったな、と思いヴィンセントはため息をついた。そのため息を聞いてまたユフィが何やらギャーギャーと騒ぎ出す。

しかしヴィンセントは怒っている訳でも機嫌を損ねた訳でもなく、自分の言動への驚きと、照れ隠しからきているものだった。

ヴィンセントはただ利害が一致しただけでクラウドたちに同行しただけで、もちろん彼らに必要以上の仲間意識は抱いていなかった。それは自分の過去の悲劇を繰り返さないように張った予防線のようなものであり、悪く言えば逃げでもあった。しかしどうだろう、気付いてみればいつの間にかこの奇妙な一行にすっかり馴染み、エアリスを失った今、自分の中にあるのは間違いなく悲しみや喪失感であり、ユフィが悲しんでいる様を見て感じたのはどうにかしてやりたいという親心のようなものだった。それ故それまでのヴィンセントらしくない言動をしてしまった。それにユフィは驚いたが、もっと驚いていたのはヴィンセント自身だった。

もうすぐ忘らるる都を出れるかという地点に来たとき、ひっきりなしに騒いでいたユフィが突然口をぴったりと閉じ、立ち止まった。ヴィンセントはしばらく無視して歩き続けていたがどうやらユフィが全く歩を進めていないことを悟ると次は何事かとヴィンセントが睨むように振り返った。当のユフィは指をいじいじと動かしながら「あ、あの…」と何やら言いたそうにしている。

「ありがと、ヴィンセント」

僅かに頬を赤らめ、ユフィが可愛らしくはにかんでそう言った。

「ヴィンセントの言った通りだと思った。考えても答えは出ない、分からない。だったらアタシはエアリスを信じたい、ううん、信じてる。明るくて優しくて太陽みたいに温かかったエアリスはきっと今、アタシたちを見守ってくれてるってさ。それがエゴだとしても、ジコチューでも。ね、そうでしょ、ヴィンセント!」

ユフィは力いっぱい笑うと元気良くピースサインをして見せた。いつも通りの能天気で何も考えてなさそうな笑顔だとヴィンセントは思った。そして、その笑顔の下では色んな感情や思いが渦巻いているのだろうということも。

「そうだな」

それだけ言うとまたヴィンセントは足早に歩き始めた。ユフィがまた「待って〜!」と言いながら追いかけてくるのを感じながら、クラウドたちをあまり待たせるわけにもいかない、とヴィンセントは考えていた。「待てってば〜!」というユフィの元気な叫び声を最後に忘らるる都は再び元の静寂を取り戻した。
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