なつのよる短編

□小さな口づけと共に約束を
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祭囃子と笛の音が遠くに聞こえる。僕とネイムは神社の裏にある池の畔で少し休憩していた。慣れない下駄で足が疲れた、と言われたのでここに連れてきたのだ。
池に背を向ける形で置かれているベンチ。ネイムはそこに座って、下駄をぶらぶらさせながら綿菓子を頬張っている。

「ねーレムレス、半分食べない?」

「え、貰っていいのかい?」

「うん。ていうかもう全部食べてほしいんだけど…」

久しぶりに食べたら甘すぎ、とネイムは顔をしかめる。
まだほとんど減っていない綿菓子を僕に手渡し、ペットボトルのお茶を飲んだ。

ちなみに僕はここに来るまでに自分の分の綿菓子とりんご飴と籤引きの残念賞でもらったキャラメルを食べた。もちろんこの綿菓子だって食べられる、甘いものは僕の魔導力の源だ。
ネイムは女の子なのに甘いものがあまり好きではないのだろうか。僕には信じられない。僕はネイムの横に腰を下ろし、綿菓子を食べはじめた。うん、甘くておいしい。

そういえばさ、とネイムが話し出した。

「わたしがまだ小さかった頃、お母さんと縁日に行ったことがあるんだ。その時お母さんが綿菓子を買ってくれて、こう言ったの。『ネイム、これはお空に浮かぶ雲なのよ。お祭りのときにだけ、神さまがお空から分けてくださるの。だから食べすぎちゃダメ、雲がなくなっちゃうからね』って」

「素敵なお母さんだね」

「でしょ?わたしは綿菓子は年に一回しか食べられない神聖なものだと思ってた。いつの間にか食べなくなって、今じゃどっちかって言うと苦手な部類だけど」
昔は大好きだったのにね、と漏らす。

「いつ気づいたんだい?」

「んー、綿菓子屋のおじさんが機械にお砂糖を入れてるのを見たの。業務用っていうのかな、大きい袋からざざーっと。その時かな」

「それは…」

何とも言えない。幼き日のネイムにはさぞショックだっただろう。空からの贈り物がただのザラメとは。

「お母さんったらね、わたしが大きくなってから『あなたは何でもすぐ信じる子だったからおもしろかったわ』なんて言うんだよ。ひどくない?」

ネイムはベンチから立ち上がり、池の方を向いた。

「虹は神さまが空に描いてるだとか、水を使いすぎると海がなくなっちゃうとか、太陽と月は表裏一体だとか」

「……」

さすがに騙されすぎな気もする。

でも、何でもすぐ信じる。その部分に関しては今でも否定できない部分がある、と思う。ネイムは基本的に人を疑わない。家族に守られ、大切に育てられてきたのだろう。純粋で真っ直ぐなのだ。

話し終えたネイムはぷよの形をしたカステラを小さくちぎっては池の中に投げ込んでいる。それに群がる鯉が水面を揺らしていた。

「ねえネイム、知ってる?」

「なに?」

ネイムはカステラをちぎる手を止め、こちらに振り向く。

「この池には、ちょっとしたウワサがあるんだよ」

「ウワサ?」

「確か…、この池のふちでキスを交わした男女は別れない、だったかな…?」

ネイムは目を丸くする。そして、

「そうなの?」

今度も僕の言葉を全く疑わずに、ベンチに戻ってきて隣に腰掛けた。

「さっきお祭に来てた人達が言ってたよ」

「へぇ、そうなんだ」

ネイムはしばらく考えたあと、ゆっくりとこちらに身を向けた。そして、少し戸惑って。意を決したようにぐっと身を乗り出して。

目を閉じた僕の唇に柔らかい感触。触れるだけの、キス。

「たまには、わたしからも、…いいかなって」

目を開けると伏し目がちなネイムの顔があった。頬が赤く見えるのは、花火の光が映っているのか、それとも別の何かか。

「可愛かったよ」

ネイムは照れ隠しのつもりなのかやめてよー、とか言いつつ僕に寄り掛かってきた。

「…でも、これでずっと一緒だね」

「そうだね。ずっと一緒だ。大好きだよ」

「わたしも、だいすき」

左側の温かさを感じながら僕は思う。そんなウワサなんか無くたって、約束しよう。この純粋さが失われないように。
僕がずっと、隣で守るから。



「ネイムさ、騙されやすい性格、変わってないと思うよ」
「ええっ、まさかさっきのウワサって…嘘!?」
「ふふ、どうかな?」
「レムレスひどいよー!」






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