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□天王山の夏休み
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「夏までは、君たちよりも長く受験生活を送っている浪人生の方が有利かもしれません。
しかし、秋以降になると受験態勢に入って本腰を入れて勉強に取り組みだした現役生がぐっと伸びてきます。
つまりーー」

外からジリジリと響くセミの鳴く声に
今は夏なのだと思い知らされる。
エアコンが効いているためそこまでの暑さを感じることなく季節感のないこの教室では
理系進学クラス3年生対象の夏期補習が行われている。

その教壇では、今年このクラスを担当している
数学教師の真山恭一郎が「受験の天王山と言われる夏休みの心構え」について
普段クールな真山にしては熱く語っていた。

とはいうものの、芹澤悠吏にとって
そのありがたい精神論の講義は
心に響くことはなく。
むしろ、受験生としての自分へのプレッシャーにしかならなかった。

(ああ、そんなことはわかりきっているんですけどねぇ…。)

真山には気づかれない程度に、
視線をノートに落としたところで
真山の有り難い話が終わり

「では、授業を始めます。
最初は昨日の宿題の答えあわせをーー」

早速、クールで容赦ない通常の真山に戻ったので
不謹慎ながら芹澤はほっとして
教壇の真山には気づかれないようそっとため息をついた。

(今日の真山先生は一段と気合いが入ってますね。)

今までも「真山数学」に対しては
楽だと思ったことはなかった。
しかしながら、3年理系進学クラスに入ってからの厳しさは2年生の時までのそれとは比較にならない。
少し気を緩めればたちまちついていけなくなるーー
その恐怖から
芹澤は、気を引き締めて真山の言葉と彼の指先から淀みなく書き記される数式を1つも漏らさぬよう真剣な眼差しで集中して取り組んだ。
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