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□彼女のわがまま
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真山の勤める藤城学園に、産休代理の非常勤講師として赴任してきたのが苗字名前だ。

教員免許を取得して「教師」として教壇に立つのは初めてだという彼女だが
予備校のバイト講師としてならしたらしく、
その展開する授業は本職の教師が焦りを感じるものだった。

教員採用試験に合格するまで非常勤で教壇に立つーーそう言っていた彼女は有言実行で、その年の夏の採用試験に合格した。

公立に赴任する年の3月まで、同僚として共に過ごした彼女の送別会。
その日、珍しく酔った彼女と一夜を過ごしてしまった。

「1度限りの過ちだ」という真山の思惑を裏切り、
気立ての良い彼女との仲は今日まで続いている。

賢くて、従順で、物分かりの良い名前。
よく気が利いて、痒いところに手が届く。
真山好みのウイットに富む会話と、頭を使った駆け引きも好む。

ただ、あまりに出来すぎた彼女だけに
名前の本音は未だに掴めないでいた。
そして、彼女と間に流れる甘い中にも程よく張りつめた空気は心地よかったが、安らぎというものとは違った。

恋人としてつきあうには申し分ないが、
結婚して共に家庭を築いていきたい女ではないーー名前に対する真山の正直な気持ちだ。

そんな彼女が、結婚情報誌のCMを見ては溜め息をついていたのに気がついた時の衝撃は大きかった。

彼女は結婚を望んでいる。

そう気づいても、真山は名前との結婚には踏み切れなかった。

(あいつに相応しいのは俺ではない。
俺よりも…もっと甲斐性のある男がいるだろう。)

されど、恋人としての名前を手放したくはない。
けれど、自分は彼女を幸せにはできる器ではない。
自分は、これ以上の女性と出逢うことはないだろう。
でも、彼女は違う。
きっと、もっといい男が彼女を幸せにするに違いない。

ならば。
名前が、まだ20代半ばの今。
他の誰かと出逢うために
俺から解放してやらなければーー悩みに悩んだ末に出した結論がこれだった。
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