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□年賀状
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(たかだか葉書1枚ではないか。
……くだらん。)

師走もラストスパートの年の暮れ。
世間はクリスマスに浮かれているが、今日までに出さなければ元日にそれは届かないと皆覚えているのだろうか?

真山恭一郎は毎年恒例のこの慣習を淡々と終わらせたはず、だった。

お世話になった恩師や同僚たち。
かつての同級生に担当の教え子たち。
藤城を巣立っていき、年賀状だけのやり取りになった元生徒の肩書きが変わっていくのを見るのも一興である。

たかだか、葉書一枚のことだ。

それなのに、なぜこんなにも心を揺さぶられるのだろう。

学校名簿に教職員の住所だけは掲載されていることから
受け持ってもいない女子生徒から年賀状を送られてくることは毎年のことだ。

それ程関わりが深くなかった今年の年頭も、「お世話になったから」といって名前は手書きの年賀状を寄越してきた。

あの頃は、沢山いる生徒のうちの一人に過ぎなかった。

2年に進級するなり、彼女の数学の成績はみるみる落ちていき
補習だ追試だと手を焼いているうちに。

まさか、これほど深く俺の心に入り込んでくるとは。

この俺が、これだけ想いを顕わにしても男として相手にされていないのが歯痒い。
未だ特定の誰かがいない名前に安心をしつつ、他の誰かのものになってしまう前に一刻も早く彼女を自分だけのものにしてしまいたいという欲求ばかりが募ってていく。

この俺が、たかだか年賀状を出すだけで胸がざわつくなど正気の沙汰ではない。

結局、彼女の家族に見られても怪しまれないよう
他の生徒同様「元気な顔で登校してくる日を楽しみにしています。」
とだけ手書きで添えることにして投函した。

***

こんなにも誰かからの年賀状を待ちわびたことが今までにあっただろうか。

自宅に届けられた年賀状の束から
その1枚だけを探す俺は端から見たら滑稽に違いない。

(これだ…やはり元日に届くように出したのだな。)

お目当てのそれを捜し当てると、自然と頬が緩んだ。

名前の愛らしい字が俺の名前をしたためている。

逸る気持ちを抑えられずに裏を見れば。
パソコンで印刷したのであろう、
成人男性に出すには不似合いの
とても可愛らしい干支のイラストと
彼女の直筆による月並みなメッセージが添えられていた。

名前らしい年賀状に、新年早々胸が暖かくなるのを感じている。

年賀状の中から、こちらが出してない人のものと、彼女のものとを取り出してから実家へ急いだ。

実家の玄関を明けると、
しばらく会わないうちにまた大きくなった弟と犬とがばたばたと玄関まで出迎えた。

「兄さん!おかえりなさい!
あけましておめでとう!」

年ごとに俺に似てくる弟がにこにことまとわりついてくる。

「ただいま。あけましておめでとう。元気にしてたか?」
「うん!
今年は兄さんが来るのが遅くて心配してたんだ。
良かった、今日会えて。
おかーさーん!兄さんが帰ってきたよー!」

ばたばたと奥へ走っていった弟の背中を見遣ると徐に靴を脱ぐ。

(遅かった、か…。)

去年までは実家で年末年始を過ごした後、自宅に戻ってから年賀状を確認していた。

それを、元日に確認したいと思うほどまで期待していたのかーー 

指摘されて初めて、自分の愚かしさに可笑しくなる。

(それほどまでにあいつに心を奪われているということか。)

やや自嘲気味に。
改めて自分の想いの深さを痛感すると。

その年賀状をそっとなぞって
ハガキ越しに彼女を感じようとした。

新学期まであと数日。
再び、明るい彼女に会える日が
今から待ち遠しい。

名前はどんな冬休みを過ごしているのだろうか?
想いを馳せながらーー

(end)

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