本棚(長編)
□story1 彼女の憂鬱と彼の楽しみ
1ページ/5ページ
雨が降っている。風が少し強い。厚い雲。まばらに射し込む太陽の光。
大通りから細い道、路地裏へ。―――――――――――…ぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…。
………もう、地面を蹴る力もない。
もう、分からない。
もう、走りたくない。…でも、
走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ
……なんで?
あれ、なんで走っているんだっけ?
息が続かない。
酸素が足りなくて目の前がぐるぐる、ふわふわする。
「――…あれ?うぐっ…わったし、なんで逃げてるん…だっけ?」
ずっと動かしてきた足がもつれる。
身体が左右に揺れて、コンクリートの壁にぶつかりそうになる。
酸素を求める口はぱくぱくと意味をなさない動きをする。
雨でびしゃびしゃになったカーディガンが重い。お気に入りを着ていたことを少し後悔…かなり後悔した。
それにしても、ああ寒い。
うーん、もう5月も半ばな筈なのに。
「……っうっ…わぁっ」
ばしゃっと水溜まりに突っ込む。走りすぎて棒のようになった足は、寒さと相まって簡単に倒れた。
一度止まってしまった身体は、もう動かす事すらままならない。
顔を上げるのでいっぱいいっぱいだ。
さっきまで私を追いかけてきていた無数の足音はもう聞こえない。
それほど走ったのだろうか。
私はそんなに足が速かったのだろうか。
―――…でも、さっきの【白い人】達は銃を使ったり、壁を走ってきたり、手から炎を出したりとか…とにかく不平和であり得ない力を使っていた。…………………ああっ、もう考えが纏まらない。
「……はぁー…っ、…なんで私追われているんだろ…」
すぅっと深く息を吸い込んで肺を酸素で満たす。
水溜まりに寝転んだ身体は冷たい筈なのに、少し熱を持ってきていた。
目を開けているのもだるく、軽く閉じる。
真っ暗な世界にチカチカと小さな光が点滅する。
……………………………………ああ、駄目だ。感覚が遠のく、、、
ピチョ…ン
降り続く雨が紡ぐ音にしては、それは少し異常だった。
弱い雨の音にしては強く、ビルの窓から滴るしずくにしては弱い。
この場合に合っているようで合っていないその音に私は薄く目を開けた。
「ふふっ生きてた」