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□知らないよ
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 ―――いつからか、分からない。
 最初っからではないことだけは確かだが、その後いつ頃からだったか、そこらへんは曖昧だ。
 けどいつの間にかアイツを目で追ってたことは確かで、アイツが真治を好きだってことも、何となく分かってた。
 ・・・・・・それでもいつも、視界からアイツが外れないんだ。

「あっ、一くん!おはよう!」
「はよ」
 いつも通りの朝。北村は俺に挨拶してきて、俺もそれに返す。そして程なくして、北村の視線はすぐに俺の後ろに向く。
「大崎くん!おはようっ!」
「・・・おはよう」
 最近は真治も、挨拶に返すようになってきた。いいことだ・・・が、俺にとっちゃ、よくないことかも。
―――それだけ、真治の北村に対する扱いが気安くなってきたっていうことだからね。
 ちなみにいまは学校じゃない。普通に、喫茶店内だ。北村の働いてるとこ。
 さすがに『野心だけは誰にも負けない』とかって言ってたのにはビビったけど、それでもアイツはここで頑張ってるし、一生懸命だ。
 それだけ努力しているのを見ると、それだけでもう、惹かれてく。
 ―――それで、真治もそんな北村に惹かれてく。

 もううんざりだった。
 北村が真治しか見てないのを眺めてるのも、真治が段々と北村に惹かれてくのを眺めてるのも。・・・・・・うんざりだった。
 この状況を壊したくない、なんていうことは思わない。むしろ壊したい。壊して欲しい。
 こんな苦しくて、水の中みたいな息苦しい毎日なんて、早く壊れるべきなんだ。


 だから、仕事帰り。
 北村の仕事が終わるのを見計らって、待ち伏せて―――そんで、
「―――俺はお前が好きだ」
「・・・・・・え?」
 見開かれた黒目がちな目が、俺を映す。その大きな瞳は、目眩が起きた時のように、こんこんと揺れていた。
「ど?俺、真治ほどじゃないけど、結構金あるし。―――俺にしとかない?」
 こんな軽い調子で、受けてもらえるわけもない。
 なのに何でだろうな。この程度の言葉しか、出て来ない。
 北村は俯く。俯いて、次に俺をまっすぐ見て、
「ごめんなさい」
と、一言断った。
「・・・何で、だよ?」
 ははっ・・・、自分で声が震えるのが分かるなんて、相当だな。
「私、大崎くんが好き」
「・・・・・・金目当てとかじゃなくて?」
 北村はゆるゆると首を横に振る。
「最初はそうだった。けど、・・・けど、なんか違うの。大崎くんといると・・・どうしようもなく、幸せなの」
 ―――オレだってそうだよ。北村と一緒にいるとき、どんだけ幸せか・・・。
 そう言いたいっていうのに、魚の小骨が喉につまった時みたいに、引っかかって声が出て来ない。
「私いま、たとえ大崎くんが一文無しになったとしても、私が養ってく覚悟、あるよ」
「・・・・・・」
「一緒にいてほしいの。大崎くんに。―――大崎くんだけなの」
 だから、ごめんなさい。
 北村はそう言って、頭を下げた。
「―――あ、そ」
 俺はそれだけ言い残して、そのままそこを去った。
 ・・・このままだと、何か色々しでかしそうで、怖かった。
 例えば、無理矢理押し倒したりとか。罵詈雑言吐いたりとか。真治の悪口言ったりとか。
 そんなのは、駄目だって分かってる。
 帰り道の途中で、君島さんに会った。いまは社長してるのに、何でこんなとこにいるんだろ。
「――― 一くん」
「ちーす、君島社長。お疲れス」
 それだけ言って、通り過ぎようとした。・・・が、
「何で北村さんに、言っちゃったんですか?」
 ピタッ、
 思わず足が止まる。
「・・・見てたんだ?」
「まあ。迎えに来たら絶賛青春中で、びっくりしましたよ」
「・・・・・・別に、」
 青春っていうほどのもんじゃ、ないよ。
 あれは―――あれはただの、現状破壊だ。
「きっと彼女は、明日も普段通りですよ。順応性高い人ですから」
 ・・・分かってる。
 北村のことくらい、よく知ってる。
「一くん。何で、言っちゃったんですか?・・・・・・まだ言わなくても、よかったでしょう?
タイミングだってあったはずです。真治くんから自分に振り向かせる時間だって必要だったはずです。なのに何で―――」
「無いよ。・・・振り向かせられるわけも無い」
「一くん―――・・・」
 俺は君島さんを見れなかった。どうやったって、真っ直ぐなあの人を見てるのは、辛いと踏んだからだ。
「何でいま言ったかって?」
 俺は振り向きもせずに、自嘲した。
「―――知らないよ、そんなこと」
 いつから北村を好きだったかも。何故好きになったかも。何でそれが、真治のことを好きなやつだったのかも。
 ―――なんにも、知らない。
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