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□愛しくて、愛しくて
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 ―――俺は罪深い。
 悠里子さんの再婚失敗の原因は俺にあるというのに、この蔵原に戻って来たりして。
 薫に―――どれだけ辛い思いをさせたか知れない薫に―――縋ろうとして。
 それでいていまさら・・・幸せになりたいなんて。


「―――何よ?・・・な・に・よ!?そんなこと、総支配人に言われる筋合い無いわよ!」
 背伸びをしながら俺を睨み付けてくる薫に対して、俺は薫との距離がどんどん開いていくのを感じていた。
 これでいい。―――これで、いい。
 俺には薫を愛する資格なんてない。幸せにする資格もない。
 薫は・・・薫には、海堂さんみたいな、素敵な人と幸せになるのが似合ってるんだ。
 だから、傷つく資格だって、ありはしないんだ。
 そんな必要も、ない。
「―――」
 俺の口は、自然と憎まれ口を叩く。・・・薫との距離が、また開くように。
「―――もういいっ!」
 駆けて行く薫の背中を、俺はとても無感動な目で見ていたと思う。・・・そうであって欲しい。
 まかり間違っても―――悲哀の表情なんてしてはいけない。
 気付かれるわけには、いかないんだ。
 ―――薫。お前は知らないだろう?
 俺がどれだけ、お前を愛していたか。・・・愛しているか。
 いま、睨んできたその目を、頬を、仕草を、愛しいと思っているか。
 駆けて行ったお前の腕を、掴みたかったか。
 許されるなら、
いますぐにでも触れて、
抱きしめて、
キスをして、
話して、
笑い合って、
隣に立って、
手伝って、
一緒に蔵原を経営して・・・
 愛してる、と囁いて。
 そんな日々があったなら、どれだけ幸福だろうか。
 ―――そんな、考えることを許されないようなことを考えているなんて。
 ・・・だから俺は、お前に触れることすら出来ないんだよ。

 ―――*** ***―――

 部屋を出た時、薫と目が合う。
 同時に視界の端に、淡い黄色の着物が見えた気がして、反射的にそちらを見ようとした時・・・
「わーっ!逃げろーっっっ!」
「・・・・・・は?」
 薫が俺に向かって突進してきた。
「逃げろーっ!危ないから!!ほら早くーっ!」
「いや、ちょ、待・・・」
 俺は何を言うでもなく、薫に押されてその場を離れることになった。
「あー危なかった」
 連れて行かれた先でそう言った薫の目は、泳いでいて。
「何が危なかったんだ?」
 そう尋ねれば、「えっと・・・」を繰り返した後に、「忘れちゃった」なんて言った。
・・・何かを隠している、と、そう思いはしたものの、必要以上に干渉しない、がいまのスタイル。崩すわけにはいかない。
 そうか、とだけ言って、俺は薫をおいて行った。


 ―――帰る途中で、階段の真ん中あたりで背伸びをして、電球を取り替えようとしている薫と会う。・・・俺は足早に階段を上り、ややむっとした様子の薫を無視した。
「ぜっっったい、替えてやるぅうぅ!」
 そんな意気込む声と同時に、
「―――電球か?」
と尋ねる、人の良さそうな声がして、俺は思わず、隠れて様子を窺う。
「あっ、海堂さん!」
 二人が何やら話して、海堂さんが階段から手を伸ばし、電球を替えるのが見えた。
 ・・・・・・それは、それは俺が・・・いつも、俺が。
 ぐるぐると渦巻く嫌な感情に、俺は自己嫌悪と共にその場を立ち去った。
「―――ありがとう、海堂さん!」
 薫の声が、耳に残って離れない。


 俺は罪深い。
 悠里子さんの再婚失敗の原因は俺にあるというのに、蔵原に戻って来て。
 薫に、縋ろうとして。
 それでいてまだ、薫を諦めきれないなんて。
 海堂さんと笑い合っているのを見るだけで、こんなにも苦しくなる。
 それが自分の選んだ道なのに。
 そうすることで、自分への罰としたはずなのに。
 なのにまだ、・・・まだ薫を愛してる。
 ―――嗚呼、
 君に触れられた背中が、熱くて仕方無いんだ。


 愛しくて、愛しくて
(だけど俺には、)(お前を幸せにする資格なんて、)(これっぽっちも無いんだよ)
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