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□8分音符のラヴソング
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小学校クオリティ

「はあ〜〜〜」
 帰り道、茜に染まった景色の中を歩きながら、おれは盛大にため息をつく。
「ったく、秋山のやつ・・・」
 ・・・今日は2月14日。すなわちバレンタインデーだった。
 去年は、義理だと(大きく)書かれた安物だったが、果南からチョコをもらえた(今日、ついでだったと知ったけれど)。
 なのに、それなのに、去年はあって今年はないって、あんまりじゃないか・・・?
 果南は知らない。おれが果南に前々から片思いしていた事なんて。
 果南は知らない。おれがあのチョコを、どれだけ拝んでから味わって食ったかなんて。
「はあ〜〜〜」
 片手には袋と、その中にいかにも高級そうなチョコが入っている。・・・部活の後輩からだ。
 分けてやると言ったら、かなり叱咤されたが、それでもあまり喜べない。
 だいたい、好きな奴からもらえずに、他の子からもらったって、むなしいだけじゃね?
「来年は、もうちっとアピールしとこ・・・」
 ぐっ、とこぶしに力をこめ、決意する。
 ・・・だが、腕にはまぎれもない現実である、後輩からのチョコだけが入ったビニール袋があって・・・。
 悲しいのには、まったく変わりなかった。


 ・・・夜。
 ボーン、ボーン、と、時計の鐘が7時を伝える。
 今日は母ちゃんもいないし、さっさと晩飯(おかず無し)食うかなと思っていた矢先・・・
 ピーンポーン
と、玄関のチャイムが鳴った。
「はいはーい・・・」
めんどくさいが、玄関まで歩いて行き、そしてドアを開ける。
「どちらさんですかー、って・・・、え?」
 ・・・果南だった。
「秋山?何で・・・」
何で、と問うと、果南ははい、と紙袋を突き出した。
「愛しの透子からもらえなかった、かわいそうなシーナへの、せめてもの慰め」
渡されたチョコは、店の物とは思えないほどに色々な型に入っていて――――。
「秋山、まさか、これ、作った、のか・・・?」
「そーよ。初めてだったから、上手じゃないけど。味はスーパーのと変わりないでしょ。
まあ、作ったから、こんな遅くなっちゃったけど」
 ごめんね、と謝り、コンビニに売ってなかったの、と笑って言った果南におれは歓喜と感謝をめいっぱいこめ、言った。
「・・・ありがとな」
「どういたしまして。――――残念だったわね、透子じゃなくて」
「いや、だからそんなんじゃねえって」
 余計な事言い過ぎなんだよ。ったく・・・。おれが好きなの波多野じゃなくておまえだって。
「あ、後、これ、お母さんが。遅くなってすいませんって、言って来いって言われた」
 野菜炒めか。
 今日の晩飯のおかずがなかっただけに、チョコと野菜炒めのセットはどうとか考えずに、素直に喜んだ。
「おっ、サンキュ!今日母ちゃんいねえから、おかずなかったんだよ!」
「ならちょうどよかったじゃない」
 にこっ、と笑う果南に、一瞬見とれたが、すぐに目をそらして、言った。
「ホント、サンキュ。いろいろと」
「いいって、いいって。――――じゃね、また明日」
「おう、また明日」
 また明日会おう、という、約束のようで、おれはちょっと嬉しかった。
 遠ざかっていく果南の後ろ姿を見送った後、おれは手にしたチョコと野菜炒めをながめ、(我ながら気味が悪いと思ったが)笑った。
「よっしゃあー!!!今年も拝んで食うぞー!!」
こぶしを空に突き出しながら、そう叫んだ。

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