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□お久しゅう
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小学校クオリティ

 ♪〜♪♪♪♪〜
 音楽の流れるアンティークショップ内、あかりはアンティークの整理をしていた。
 ―――魔法使い達との別れから八年、あかりは現在、両親のアンティークショップをアタルとともに継ぎ、営んでいる。
 かといって、魔法好きを卒業したわけではない。あかりは、いまでも、魔法がすきだ。
 魔法がすきで、八年前、魔法を運んできてくれたアンティーク業を営もうと、そう決意したのだ。
 ―――そして、イザベラ達と出会ったこのアンティークショップで、みんなを待とうと。
 昨日入荷したちいさな本。あかりは最近、ラウラにイタリア語を習い、それ類の本は一通り読めるようになっていた。
 あかりが一通り整理を終える頃には、もう夕暮れ。町は茜に染まっていた。
 あかりは、本を読みながら、『LA CASA DELLA STRAGA』に流れる音楽を一緒に口ずさむ。
 この日は、記念日だった。
 あかりの家に、ドールハウスが来た、その日だったのだ。
 毎年毎年、あかりはさつき・ガロア・リョータを呼んで、この日を、イザベラ達を待つ日として過ごしていた。
(さつきとガロアは・・・結婚しちゃったしなあ)
 去年の冬に、二人は式をあげたばかりであった。―――お互い、とても幸せそうだったのを、あかりはしっかりと覚えている。
 とはいえ、新婚早々二人の時間を邪魔するのもデリカシーに欠けると思ったり、
リョータがホラー作家として多忙だったりするため、今年のこの日は、一人で過ごすことになったのだ。
 かく言うあかりは、まだ独身。婚期を逃した、というよりは、恋愛ごとに興味がなかったと言える。
 ―――彼女の中には、いまだに彼≠ェいるのだ。
(リョータもねー、マリアがいれば、嬉しいだろうに)
 そんな事をつらつらと考えながら、あかりは資料をめくる。
 ―――と。
 店の前、『LA CASA DELLA STRAGA』の看板の前に、一人の金髪の青年が立つ。
「あ・・・・・・?お客さん?」
あかりは立ち上がり、急ぎ足で店の外に出る。―――何せ、今日は休店日だ。
「あの、すみません。今日は休みで―――」
言いかけた言葉は、止まった。
 あかりの瞳は、青年を―――昔とほとんど変わりない姿の金髪にブルーサファイアの瞳の青年を―――ちいさな少年であった時の姿とダブらせて、だがしっかりと映し出していた。
 あかりは、すっと一度目を閉じると、さきほどの言葉を続けず、微笑んで言った。
「いらっしゃいませ、お久しゅう=v
 ブルーサファイアの瞳が、あかりをきっちりと捉えた。
 ・・・・・・そして、きらり、と。探し物をやっと見つけたかのように、蒼く瞳を輝かせた。
「久しぶり」
「・・・もうすこし、早く・・・来なさいよね。毎年待ってたの、知ってたんでしょ」
 文句をたれるあかりの瞳は、挑戦的に輝く。
「ごめん。でもさ―――」
「でも、何よ?待ってたの知ってて、ずっと来ないなんて!イザベラにも言ってちょうだい!
こっちはアンティークショップ継いで、あんたら待ってたんだから、って・・・」
その場にはいない老婆の姿を思い描きながら、言うあかり。
 ―――その脳裏に、はっと思い浮かんだ疑問があった。
「イザベラ!そうよ、イザベラとグローリア伯爵よ!二人、生きてるの?」
「生きてるよ。縁起悪い事言うなよな」
「だよね、うん、安心した」
 不満そうにくちびるをとがらせるルシファーに、あかりは笑った。
「あ、こんな事してる場合じゃない。早くみんなに知らせなくちゃ。
ルシファーが来たよって・・・・・・え?」
 あわてて店の中に戻ろうとするあかりの腕を、ルシファーはがしっとつかんだ。
「何?」
 いぶかってたずねるあかりに、ルシファーは機嫌を悪くしたような表情。
「・・・・・・あんたね、どうせ来るんなら、機嫌いい時に来なさいよね。
仏頂面して感動の再会〜、って、そんなんなってどうすんのよ」
 またもや文句を連ねるあかりに、ルシファーは言った。
「おれが・・・・・・なんで来なかったか、知ってんのかよ」
「知らないわよ!―――知ってたらそれこそ魔女でしょ」
 それかエスパー?あかりはずっと会えなかった怒りをぶつけるかのように、言葉をつなげる。
「おまえさ―――いつもあいつらと一緒に待ってただろ、この日」
「あたりまえ、でしょ?さつき達だってあんた達に会いたいに決まってるんだから」
「そうじゃなくて、おれは?」
「あんた?」
きょとん、と、あかりは目の前の青年を見る。
「そ、おれ。―――あと、あかり」
「わたし?」
 ますますわけがわからなくなったらしく、しきりに首をかしげるあかり。
「会いたかったよ、もちろん。会いたくて仕方なかった」
「ほんとか?」
きらり。また蒼く輝く瞳。
「ほんとに決まってるでしょ。友達に会いたくない人なんかいないよ」
(友達かよ!)
 心中、ルシファーは叫ぶ。が、もちろん目の前の彼女には届くはずもない。
「それにね、ルシファー?あんたにわたしだけ会ったりしたら、不公平だと思うもん」
「公平・不公平があるのか、これに」
「あるよ」
 そして、あかりはあらためて、ルシファーを眺めた。
「あんた、背ぇ高くなったねえ。前はわたしより10くらいちっちゃかったのに」
「・・・・・・」
 ルシファーは黙る。黙るほかない。
「うん、昔よりかっこよくなったね、ルシファー」
「え?」
「あーでも、まだ可愛いに入るかな」
「・・・それがなかったら素直に喜べたよ」
 はあ、とルシファーはため息をついた。
「あかりだって・・・」
「わたしが何?」
「いや、あの・・・前より女らしくなったじゃんか」
「まあね。―――これでも、高校にいる間に三十人に付き合ってくれって言われたんだから」
「付き合ったのか?」
「ううん。わたしは恋愛ごとより魔法のほうが好きだったし」
「あ、そう」
「うん、そう」
 ルシファーの応えに、あかりは律儀に返す。そしてもう一つ。
「わたしもね、あんた達が帰った後、色々思う事があったのよ。ほんとに、色々。
魔女になりたいけど、どうやって頑張ればいいかわかんないし。
将来の職業が魔女だと、稼げないし・・・・・・」
 ルシファーは黙って聞いている。あかりはふと気づいたように、ルシファーの手を引き、店の中に入るよう促す。
「ああ、あとね・・・・・・一番大事な事」
 あかりは、ずっと言おうと思っていた一文を、声にのせる。
「あんたが、ルシファーが、好きなんだなって事とか」
「・・・・・・は?え?何だって?」
 あまりにさらりとしすぎていて、聞いていたルシファーは反応が遅れた。
「だから、あんたが好き」
「・・・恋愛ごとに興味なかったんじゃ、ないのか?」
「そりゃ、心に決めた人がいたら、興味もなくなるよー」
 おどけて言うあかり。
「っていうか、人に好きって言われたら、まず何か返してほしいんだけど、好きとか嫌いとか」
 微笑むあかりの頬は、かすかに、赤い。これは夕焼けのせいでは、決してない。
 ルシファーは、あかりに文字通り飛びついた。
「ちょ、は、え?ルシファー?」
「好き」
「・・・はい?」
「大好き」
 ぎゅう、とあかりを抱きしめるルシファー。
「・・・・・・結婚してほしい」
「――――」
 あかりがさらりとしているなら、こちらはいきなりだ。
 あかりは言葉を一瞬失い、息の仕方も、あるいは心臓の動かし方まで、〇・数秒忘れた。
「―――よろしくお願いします」
 あかりは、それだけをかろうじて答えた。
「会いたかったんだよ、あかりに。誰もいない時に、二人で。そんで、言いたかった」
「そっか、だから・・・今日、来た」
「うん」
「で、でも、だからって・・・来てくれたら・・・」
 色々と言いたい不満はあれど、あかりは静かに、言うのだ。
「わたしも、会いたかった。―――会えなくて、寂しかった」
「・・・ごめん」
「もっと、早く来なさいよ・・・っ!今度は。もっと、早く、迎えに来てよ」
 あえて『迎えに』と言うが、ルシファーは素直にうなずく。
「うん」
「―――じゃ、用件終わったんなら、さつき達のところ行くよ。
さつきとガロア、結婚したんだからね。ちゃんとおめでとうって言わないと」
「・・・もう行くのか?」
 もうすこし二人でいたいというような口調に、あかりは微笑んだ。
「だって、あんたもみんなに会いたいでしょ?」
「・・・まあ、ね。―――じゃあ、おれ達もおめでとうって言われる側なのか?」
「は?―――え!?もう!?」
「だってさっき、『結婚してほしい』って言ったじゃん」
「あ・・・・・・?あっ!?ちょっ、待、うん、待とう!?ほんと待とう!?」
「先に行くって言ったの、あかりだろ」
「いやマジ待って。え?それ以前にパパとママには?アタルには?
イザベラとか伯爵とか―――絶対断られるでしょ、わたし!一回あんたら家族封印したんだよ!?」
 だんだん混乱してきたあかりに、ルシファーはポケットから携帯電話を取りだし、番号を打つ。
「あ、ばあちゃん?―――あのさ、おれ、あかりと結婚したい」
『なっ!?』
 ごづっ、ばんっ、がたがたがたがたっ!
「ちょ、な、ルシファー!?いま怖い音したけど?
―――ねえ、ちょっとイザベラ!イザベラーっ!」
 パタン。ルシファーは携帯電話を閉じる。真っ青な顔をしたあかりは、ルシファーに聞く。
「ねえ、ちょっと!イザベラは!?っていうか、伯爵の声もしたから、伯爵は!?
大丈夫なわけ!?」
「・・・・・・たぶん。今日、あかりのとこ行ったらうち来いよ。で、とりあえずあらためて言おう」
「・・・いいのか」
(本当にいいのか、それ!?ご老体に負担かけるようなもんじゃないの!?)
 あかりは本気で心配をしたが、ルシファーは大丈夫だろうと思っているらしく、平然としていた。
「・・・・・・とりあえず、さつき達のところ、行こっか」
「うん!」
ルシファーがうなずくのを確認して、あかりはさつきとガロアの家に駆ける。
 しっかりと、ルシファーと手をつなぎながら。
 茜のその日。『お久しゅう』で再び歯車は回り出す―――。


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