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□君の手を握って、わざとゆっくり歩いた
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「―――なあ、柏木ってさ、すげえかわいいよな」
「―――!?」
 がくん、と、おれは頬杖をついていた腕からすべり落ちた。
 ・・・・・・いま、誰が言った?誰が、何て、言った?
 声のした方を見てみると、おなじクラスの伊藤だった。
「なに、おまえ、柏木に気ぃあんの?」
「え、いや、あ・・・あ〜・・・うん、まあ」
 ぎょっとした。思わず耳を澄ませて、会話を盗み聞きした。
「マジかよ!」
「だってさ、なんか最近、妙に元気になったっつーか、とっつきやすいっつーか・・・それに、一緒にいると無条件に楽しいんだよな」
「うわーっ、完璧惚れてんじゃん!
―――でも、それはなんとなく分かるな。最近、明るいよな」
「それだけじゃなくって、かわいいじゃん!
ちょいくせ毛の髪の毛とかさー・・・ふわふわしてそー」
「分かるっ!悔しいが分かる!一回でいいから触ってみてえ!」
 そう言う彼らに、おれは内心で「ふぅん」と言っていた。
 おれは、毎日触ってっけど。自転車の後ろに乗せてるから。
 確かに、舞の髪はふわふわとしていて、心地よかった。風になびいてさらりと揺れたりすると、もっと綺麗だった。
「それに、目ぇおっきいよな。真っ黒な目で。上目遣いに見られたら、ホントたまんねー!」
「あー、背ぇ低いもんな」
「あとあと、何と言っても優しいっ!こないだ、体育で派手に転んだ時あったろ?
あの時、絆創膏とか、消毒とか、色々してくれてさ。
『はい、できあがり』って言った時の笑顔っつったら・・・!」
「・・・・・・。悪い、もういい。お前と同等に語り合える気がしない・・・」
「えー、もうちょっと聞いてくれよー!」
とうとう上野は会話を放棄した。伊藤となにやら言い合っている。
 もうあいつらの話を聞く気は無かった。
「秀ちゃん。・・・どうしたんだ?顔怖えぞ」
 いきなりそんな声が掛けられ、顔を上げると、そこには卓也がいた。
「ん?・・・いや、何でも無い」
「そーか?」
 卓也は、顔を教室の後ろのほうへ向け、「伊藤、なんかすごい色々言ってたな」と言った。
「・・・・・・」
「確かに柏木、明るくなったしなぁ」
そして、意地悪くこちらを見て、「ライバル登場か?」
「は?」
思わず頓狂な声を上げ、おれは卓也をぼうっと見た。
「んん?違う?」
窺うようにこちらを見て、卓也はそう尋ねた。
「ライバルって・・・何の」
「恋の。―――に、決まってるじゃん」
「恋の?―――待て、ライバル?」
「そう。違うの?」
「違うのって・・・お前、それ・・・」少し迷った後、言った。「おれが舞を好きじゃなきゃ成り立たない法則だぞ」
「え、だから、違う?」
「・・・・・・は?」
「おれ、秀ちゃんは、てっきり柏木好きなのかと―――」
「はあっ!?」
 今度こそ、おれは椅子を蹴って立ち上がった。
「な、なに、何言ってんだ!?」
「そこまで驚くこと?呂律、よく回ってないよ」
「あ、ああ・・・」
 いったん深呼吸をし、心を落ち着かせる。・・・よし、大丈夫。
「で?何だって?」
「だから、秀ちゃんは、柏木が好―――」
「あ、舞子ちゃーん」
 ダアァン!
「「「「「!?」」」」」」
 その教室にいた者全員、その物音のほうを見た。ガン見した。
 ・・・すなわちおれのほうに視線が集まった。
「ど、どしたの秀ちゃん・・・」
「蚊がいた」
 我ながら、ありきたりなごまかし方だと思う。六月初めに蚊なんてそうそういるもんか。
「あー、びっくりした。よかったぁ。血、吸われてない?」
「ああ」
 そして数拍の間を置いて、教室は元通り、ざわざわと騒がしくなり出す。
「どうしたの、秀ちゃん」
「・・・・・・。本人いただろうが・・・」
「え?柏木?」
 卓也がそう言うと、教室の隅の方から、舞が、「呼んだ?」と言った。
「ううん、ごめんね、柏木」
「うん」
舞はまた、おしゃべりに戻る。
「声がでかいんだよ、お前は・・・!」
 万が一にでもこんな話を聞かれたらどうするつもりなんだ。
 おれだけじゃなく、舞まで被害を受けることになるのは必至だった。というか、何よりも面倒くさいことになる。
「うん。・・・でも、本当に違うの?」
「違う」
「本当?」
「本当」
「本当の本当?」
「本当の本当」
「本当の本当の本―――「本当の本当の本当だよ!」
 さすがにイラッときたぞ。何度も聞くな。
「でも―――キーンコーンカーンコーン
「予鈴鳴った。早く座れ」
「う〜・・・うん、分かった」
 卓也は渋々と席に戻っていった。
 ―――先程ああは言ったものの、実際、自分の舞への気持ちが、どんなものなのか、見当も付かない。
 確かに、舞はかわいいと思うし、話しやすいと思う。自転車に乗せてやることも、ほぼ毎日になった。
 ・・・・・・でも、それはどうなんだろう。
 ただ単純に、友達として、だろうか。それともクラスメイトとして、だろうか。―――それとも?
 異性として、だろうか。
 ―――って、無い無い無い!それは無い。たぶん無い。
 ・・・・・・そうやっているうちに、国語の授業が始まった。
「ええと、じゃあ、今日はスピーチ・・・誰だったかしら」
「おれでーす」
 手を上げたのは、さっきの伊藤だった。
「ああ、なら伊藤くん。何かお願いね。一分以内」
「はーい」
 この、スピーチというのは、毎時間やっていることなので、別に特別というわけではなかった。
 クラスメイトのこと、学校のこと、家族のこと、飼い犬や、ペットのこと、遊びのこと・・・。
 話す内容は様々だが、皆『一分以内』という条件が付けられた。ただそれだけの、別に普通のスピーチ。
 でも、今日は内容が特別すぎた。
「―――おれは、柏木舞子さんが好きです!」
「「「「「「「「!!?」」」」」」」」」」
 驚愕が走りまくる中、伊藤はさらに言葉を続ける。
「ええとっ・・・前、体育で怪我したとき、手当してくれたのがきっ・・・きっかけで、完全に惚れましたっ!
くせ毛の髪の毛とか、おっきな目とか、明るくてかわいい笑顔とか、全部が好きです!
おれと付き合ってくださいっっっ!」
 ―――何言ってんだ、こいつ・・・?
 呆然とする中、おれが思ったのはそれだった。何言ってんだろう。
 いまは国語の時間だったはずだ。国語。スピーチ。
 スピーチとは、話・演説などのことを言う。
 ・・・これは、話ではあれど、演説では無いだろう。
 きっかり一分使い切って、伊藤が言い終えると、先生はぱちぱちと拍手した。
「はい、ありがとう。素晴らしいですね」
 ・・・・・・。いや待って下さい先生、それは軽くズレてます。
 というか、いいんですか。いいんですか、これで!?告白で!?
 みんなの頭の中に、スピーチのテーマ項目がひとつ追加された瞬間だった。
 先生は、くすくすと笑って、「それで、」と言った。
「柏木さん?お返事はどうかしら」
 そうだ、それが肝心なのだ。おれはぱっと教室の隅の席の舞を見た。
 ―――っ・・・!
 ほとんど涙目になっている舞。けど、その頬はこれ以上無いというくらい赤い。
 ・・・何で、そんな顔してんだ・・・?
「え・・・えっ、えっ・・・」
 舞は本気で、困っていた。視線を泳がせたり、髪の毛をいじったり、時にはうつむいたりして、返答をしないでいる。
「ふふ、青春ねー。羨ましいわ」
 青春には早いと思いますが。まだ小五です。
「あ、あの・・・ええと・・・ええと・・・ええと・・・」
「ええと」を連発する舞。おれはだんだんといらだってきた。
 返事をするならさっさとすればいい。これ以上待たせたら、伊藤だってかわいそうだ。何より、授業が進まない。
「まあ、それは後で二人っきりで話してもらうとして、授業するわよ。ほら、伊藤君、席に着いて」
「は、・・・はいっ」
いそいそと戻っていく伊藤。おれは何となく、舌打ちしたい気分になった。
 これだけ待たせといて・・・。
 それは伊藤へのいらだちでもあり、舞へのいらだちでもあった。
 ―――そして国語の授業・・・今日最後の授業を、おれは不機嫌に過ごしたのだった。


〈卓也side〉
 うわぁ・・・秀ちゃん、すごい怒ってる・・・。
 おれは確実に感じられる敵意(殺気?)に、ぶるりと震えた。
 怖い。怖すぎる。秀ちゃんどんだけ怒ってんの!?
 まあ、確かに、この伊藤のスピーチはどうかと思うし、相手がどうしてか柏木だしね、うん、分かるよ。さっきおれもあんなこと言ったばっかだし。
 ―――でもこれはおかしい!おかしすぎる!不機嫌すぎる!
 やっぱり秀ちゃん、柏木のこと好きなんだよ・・・これは絶対だよ。断言できるよ。
 秀ちゃんは否定してたけど、絶対柏木のこと好きだって!
 ・・・・・・!
 秀ちゃん、柏木のほう見ちゃ駄目―――――――――!!
 おれの叫びも無視して(聞こえてないだろうけど)秀ちゃんは柏木を振り返った。
 ・・・途端に、先程よかずっと鋭くなる目。
 まあ、無理もない話なんだけど。
 だって、いまの柏木、すごい『意識してる』とか、『気まずい』とか、恋する女の子みたいな感じの仕草なんだもんな。
 秀ちゃんじゃなくても、柏木のこと(ちょっといいな)くらいに思ってる奴は、きっと面白くないはずだ。
 ああ、それにしても、秀ちゃんが怖い。柏木はかわいいけど、秀ちゃんは怖い・・・!
 もう、人一人殺せそうだよ。・・・そうなったら、おれが一番に殺される・・・。
 ―――先生、早く授業に戻って下さい!!
 その願い通りになってくれたのは、不幸中の幸いだろう。
 しかしおれは、国語の授業の間中、びくびくしながら過ごすこととなったのである。
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