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□破れたメモと、後悔と
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「おし、もう大丈夫だろ」
 手を引いていたのは、瑞姫と同い年くらいの少年で、若干息を切らせながら笑っていた。
 お礼を言わなければ。いまは、代わりに言ってくれる人はいないのだから。
「あの・・・ありがとう」
「ハハッ、いいっての!―――つーか、何であんなトコにいたんだよ。不用心すぎるだろ!」
「・・・ごめんなさい」
 謝って瑞姫は、ああ、この人も自分を叱ってくれるのだと、心地よい気分だった。
「そういや、お前誰?見たこと無いんだけど。どこの学校?」
「田上瑞姫。がっこうには・・・行ってない」
「ふーん」少年は、何となく事情を察したらしく、「おれは相馬春太。よろしくな、みずき」
「・・・よろしく」
 どうせそのうち忘れるのだけれど、一応瑞姫は頭を下げた。
「あんなとこで何してたわけ?」
「かいもの」
「だからってあんなトコ通んなよなー。あの道ガラ悪い奴らばっかだぜ?
・・・あ、そういや前にも、見たこと無い兄ちゃんが通ってたな。倒してたけど」
「ゆーじ」
「へ?」
「それ、ゆーじ」
「ゆーじ?その兄ちゃんの名前?」
「・・・・・・」
 こくこくと、瑞姫は頷く。彼女には確信があった。
この街で見たことが無いと言うのなら、それは自分か勇路のどちらかである可能性が高いし、あの人数を倒したと言うのなら、ほぼ間違い無く勇路だろうと。
「知り合いなんだ?」
「・・・」
 首肯。
「まだ買い物行く途中?」
 首肯。
「ならおれが付いてってやるよ。また絡まれたら嫌だしな」
「・・・ありがとう」
「ん、」
 はにかむように少年―――春太は笑い、瑞姫に手をさしのべた。瑞姫は意味が分からず、ぱちくりと瞬く。
「ほら、行くぞ?」
 強引に手を掴まれ、春太は歩き出す。瑞姫もそれに引かれる形で、歩き出した。

 ―――買い物を終えて帰ってくる頃には、同年代ということもあってか、二人は普通に話せるくらいには親しくなっていた。
「家には一人で帰れるか?」
「・・・」
 首肯。同年代なのにまるでお兄さんのような口調だなと、瑞姫は思った。
「じゃあ、また明日、来いよ。今日通った、不良のいない道で待ってるから」
「・・・・・・」
「どうした?」
 首肯しかねた。恐らく、というかほとんど確信に近い形で、瑞姫は思い至っていたからである。
 自身の断章―――即ち、記憶を食われる〈食害〉に。
「・・・だめ。わすれちゃう。はるたのこと」
「はあ?何で」
「わすれるの・・・」
「んー?」春太は少し複雑そうな表情をした後、やがて「よく分かんねーけど、病気みたいなモン?記憶障害的な」
「・・・」
 こくり。記憶障害というのが何なのか、瑞姫は分からなかったが、とりあえず頷いた。
「あ、だからメモ帳な。忘れないように」
「・・・」
「だったらおれの名前書いとけよ」
 瑞姫は顔を上げ、思いもよらない提案に目を瞬かせた。
「ちょっと貸して」
 春太は、強引に瑞姫のメモ帳を取ると、付いていたペンで、見開き一つ分に及ぶほどの大きな字で、『相馬春太』と書いた。
ご丁寧にふりがなまでふって。そして、その少し下に、ちいさく『明日、○○通りで』と書く。
「ほら、これで忘れないだろ!」
 にっ、と、太陽のように笑った春太につられて、瑞姫もふっと笑んだ。途端に、かぁっと上気する春太の頬。
「?」
「び、びっくりした・・・。お前、笑えるんじゃねーかよ」
「・・・」
「そ、そっちのが、あのー、なんつーか・・・かわいい」
「?」
「いや、ごめん何でもない!じゃあ、忘れんなよ!」
 そう言い残して、真っ赤な顔の春太は手を振って走り去って行った。
 瑞姫は、すっかり日が暮れた道を、ビニル袋を提げながら、春太とは逆方向に、ゆったりと歩いて行った。
 その表情は、いくぶん柔らかかった。
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