ご依頼蔵

□桂庵
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※絵師のスピンオフです緑間夫婦の出会いの物語です実際の人物とは全く関係ありません






「は?真ちゃんに嫁?」

とうとう≪あの人≫が動いたと同じく医学を学ぶ友人が言ってきた。相手は産婆の見習いの女性らしく相当な美人らしい・・・。

急に友人が何を言い出すかと思ったが、《あの人》が自分の親友――――緑間真太郎にお見合いをさせるというのだ。

≪あの人≫は自分達の医学の師の一人であるとともに結婚相手を学生達に紹介することを趣味としてる。

と、いうのも昔々≪あの人≫がある学生の結婚を取り持ったことがあまりにも本人は気分がよかったらしく、次々と独身の医学生達を縁談そして結婚にこじつけた。
しかも、それだけの話ならまだいい。紹介で結婚した夫婦はものすごく相性がいいらしく結婚からいくら歳月が経っても双方浮気どころか、年を重ねるごとに愛し合う深さが計り知れないともっぱらの噂だ

「どうすんだよ、真ちゃん。あの人に捕まったら最後。何が何でも結婚させられるぜ、それか・・・医者道を絶たれるか」

 高尾は今この場にいない親友を心配した。

この≪あの人≫に対する噂がもう一つある。過去、余りにも頑固すぎる学生がいた。

その男にも≪あの人≫から縁談の誘いがあったが強引に断った。するとどうだろう、その後その学生は一生結婚できなかったとともにあろう事か医師にもなれなかったという。

その噂のため≪あの人≫の誘いを受けたら絶対に自身の将来のためにも断らないという暗黙のルールが出来上がってしまった。


 「なんでまた真ちゃんを選ぶかね・・・あの人は・・・・」
 高尾は苦笑した。心配半分興味半分。


――――――――あぁ、でも見てみたいかもしれない。親友の女。あのまじめで堅物の男の手綱を持つことが出来る女はどんなにおもしろいだろう。その女に惚れる親友の顔はどんな風なのだろうか?

「楽しみだな」

少し淋しさもあるが、長年の友を応援してやるのが自分の役目だろう。

――
「あの、見せたい患者とはどなたなのでしょうか?」
緑間真太郎は目の前を歩いている男――大和桂庵に問いかけた。彼は緑間達医学生に医術を教える教師の一人であった。彼に勉強になるからと外に連れ出されたのだが…


「お、ああ、そうだな・・・弱そうで強い女だぞ」
ほんの少し師がうろたえるように見えた。
「はあ・・・」
(患者は女と言うわけか・・・)
では、女性疾患か?と医学知識を頭から引っ張りだしながら師についていく。
これから何をされるかわからずに・・・
「ついたぞ」
「??」
到着したところは少し古い家だった。桂庵先生は入りますよと勝手に戸を開け中に入って行ってしまう。
「あ!ちょっ先生!」
(勝手に入っていいのか!?)

「何じゃあ、勝手に人のうちに入りよって!」

中に桂庵と緑間が入るとそこには腰の曲がりすぎるというほど曲がったばば・・・・いや老女がいた。
(こ、このばばあを俺は診なければならないのだろうか・・・・)
なんだか嫌だと本能的に思ってしまった医学生緑間真太郎であった・・・・。
「産婆おばば、桂庵です。儂の教え子を連れて参りました」
嬉しそうに桂庵は産婆おばばと呼ばれた老女に挨拶をした。
産婆おばばと呼ばれる老女ははしわしわの梅干しのような顔でいぶかしげに二人の男を見た。
(なんなのだよこの物の怪ばばあは!)
産婆と言われるからにはこの老女、産婆なのだろう・・・。
緑間は産婆おばばの気迫に押されて一歩下がってしまった。
「うっ!!」
「!!!」
緑間は背中に何かぶつかったような気がして慌てて後ろを振り向く。
「あ!すみません!!!」
「いいえ、こちらこそ・・・」

緑間が振り向くとそこには女性が笑顔で立っていた。
質素だが明るめの着物を着て、きれいに化粧を施した顔は素直に美しいと思った。

――――これが、緑間真太郎とお日の初めての出会いだった。



(お、女?)
「あら?すみません、白粉が背中に付いてしまいました・・・」
女性はすぐに華奢な手で緑間の広い背中を軽く叩く。
「お、お構いなく・・・」
「良かった・・・取れましたね」
女性は取れたことに安心したのか、小さくふふふと微笑む。
「はははは、久しぶりだね、お日さん」
「桂庵先生お久しぶりでございます」
お日と呼ばれた女性は桂庵師にゆっくりと頭を下げた。
「お日!!!!遅い!!!」
「はい、おばば」
怒鳴った産婆おばばに対しても笑顔で応じたお日は怒りをまき散らすおばばに近づいていく。
「買ってきたか?」
「ええ、しっかりと。今日は多めに買っておきましたよ」
(孫・・・か?)
お日は手に持っていた包みを開きおばばに渡す。
「おばば、それは?」
「おまんじゅうなんです。おばばの好物で・・・えっと?」
お日は桂庵の後ろにいる緑間に目を向けた。
「儂の教え子だ」
桂庵はお日に緑間を軽く紹介する。
「え・・・あっ初めまして、緑間真太郎です」
緑間はお日に見つめられたのと桂庵に急に紹介されたのとで固まってしまっていた。
「私は日といいます。どうぞ、お日と呼んでください」
笑顔でお日は自己紹介をし二人を家に上がるように進めた。
「おばば、ちょうどお二人もいらっしゃるから皆でお茶にしましょう?」
「ふん!儂のものをやる気か?あの小僧どもに?」
「ちゃんとおばばの分もあります」
では、お茶を入れてきますねとお日は台所の方へいってしまった。
(何なのだよ・・・)
自分が意味のわからない所につれてこられたのと、自分の混乱さに落ち着こうと気づかれないように静かに深呼吸した。
「ふん!こ・れ・が、お前が言っていた男か?」
「ええ、儂はいいと思うんですがなあ」
ふと意識を戻すと、妖怪ばばあと自分の師が自分の事を話しているではないか・・・。
「あの・・・私は何をしにきたのですか?」
二人の話の中に割り込む事は失礼な事だと承知でどうして自分がこのようなところで意味の分からない妖怪ばばあとあの美しい女性の茶を師といただこうとしているのか?
「なんじゃ?こいつ知らんのか?」
おばばは小さい目をめいいっぱい開いて驚いた表情をした。
「ええ、言ったらついてこんと思いまして・・・こうですから」
桂庵は苦笑して緑間の肩を叩いた。
「??」
「なーるほどな、実はな・・・こちらもそうなんじゃよ・・・」
「なんと!」
ふうんとおばばと桂庵は腕を組んで考え込んだ。
「どうなされたのですか?」
ちょうどおばばが考え込んでいたときにお茶と茶菓子を持ってきたお日はおばばの様子に訝しげにした。
「ぉ前と・・・なぁ・・・ぅ〜む、しかし・・・なぁ」
「しかし・・・」
「どうなさったのですか?おばばがこんなに悩むなんて・・・こんなおばば、超難しい難産の方を診たとき以来ですよ?」
不思議そうに緑間に問うお日に緑間も答えた。
「私の師もそうです、こんな先生は病名がわからない患者を診たとき以来ですよ」
「まあ」
二人は自分の師が似ている事に笑ってしまった。

そんな二人の横で考えに考えていたおばばと桂庵師は二人は合図した用に見つめ合う。
「これは・・・」
「そうじゃな・・・」
にやりと笑うじじばば二人・・・・

「緑間」「お日」

「「はい?」」

「お日今日一人お産の予定があったじゃろう?」
にやりと笑うおばば。
「ええ、おあかさんが・・・家ではなくこちらで生みたいと・・・」
おあか?妊婦の名前だろうか?
「緑間、今日そのお産につきあえ」
「え?私がですか?」
急な申し出に二人は驚きを隠せない。
「お、男の私がよいのですか?」
「母親の許可はおばばがとるそうだ。お前もぴよぴよの医師のヒヨコなら経験をしておけ。今回は特別だぞ」
いつ許可をとったんだと緑間は思ったがあれやこれやとおばばとともに師は決めていく。
「どうなさったのでしょうか?」
「・・・さあ?」


夕暮れ・・・

師の桂庵がおばばの家を出ると一人ポッツンと残された緑間は玄関の外でボーと座っていた。
「緑間様」
「ああ、お日殿」
「もうすぐいらっしゃいますが、大丈夫ですか?」
「ええ・・・」
実際は緊張がかなり勝っていた。人間の体の作り、病気の知識、妊娠・出産について知識はある。しかし、実践となると自分がどう動けるか不安だった。
 お日は緑間の横へ座る。ふわりとかすかだが甘い香りが鼻をかすめる。
「無理をなさらないでください、今回は見学だけですから。何かあったら私がお手伝いをいたします」
「あなたもこの仕事をするのですか?」
「ええ、おばばの仕事を学んでいます。まあ、貴方様と同じですね分野は違えども」
夕暮れに照らされて笑う彼女は緑間の緊張をほぐしていく。
「どうにかなります・・・・よ・・・・!」
「???」
お日が言葉の端を止めた。
「どうなさったの・・・で?」
お日の目の先を追ってみて見ると夕日に照らされて一人の女がとぼとぼと歩いてくる。
大きなお腹を抱えているのが見えるのは今日は眼鏡の調子が悪いからだろうか・・・・・・と緑間は思った、とたん。

「ギャーーーーー!!!おばばーーーーー!!!おあかさんがーーーー!」
「!!!!!!!!!!!!!!」

急に隣にいたお日が鳥の首を締め上げたような叫び声を上げながら奥にいる妖怪ばばあに助けを求めにいった・・・・。

緑間は驚きながらも急いでおあかさんと呼ばれた妊婦らしき若い女性に近づく。
「大丈夫か?」
妊婦はヘトヘトでもう大きなお腹を抱えて歩くのが無理なようだった。緑間はすぐに彼女に肩を貸す。
「もう少しで、おばばの所なのだよ」
「は、く・・・ぅ、・・・い」
額に脂汗を浮かせた女性は痛みをこらえながら頷いた。

すると、腰の曲がった意味の分からない・・・というかこの世の生物なのかわからないようなものが自分達の方へ猛ダッシュしてきた・・・

「小ぉ僧ぅ〜!!!!早よこの人を運ばんかーーーーー!!!!」

妖怪に変化した(仕事モードに入った)産婆おばばだった・・・・。

「ひ!はい・・・なのだよ!」

「おぉ日ょ〜!早よ準備せーーーーい!」

「はい!!!」
何泣き状態のお日の声が家から聞こえてきた。
猛ダッシュで家の中に戻っていったおばばの背を見ながら緑間は暗くなり始めている空を見上げ大きくため息をついた。




陣痛がきた女性に若い二人の男女はもはやうるさいだけの存在になってしまった。

「おばば!これは?」
「まだ早い!!!!お日邪魔じゃ持ってくるな!」
「ゆ、弓を鳴らすのだよ・・・・」
「まてーーーーい!お前はいつの時代の人間じゃあ!!」
「はい・・・・」
ことごとく、二人はおばばの邪魔になってしまい、子供が生まれるまでちょこんと横に並んで仕事姿を眺めるだけになってしまった。

数時間後・・・・

おばばの手によって無事小さな命が取り上げられた。

母親は生まれたばかりの我が子を見て今までの苦痛から解放されたように笑っていた。

「やっと・・・終わったか・・・」
安堵したおばばは肩の力を抜き、大きなため息をつく。
そうしていると妖怪のような恐ろしさはなくなり、人間に戻っていくように見えた。
するとどうだろう、疲労困憊で結っていた髪もぐちゃぐちゃのお日が同じく疲労困憊で隣にいる緑間から離れのっそりと子供を産み終わったばかりの母親の元へ近づいてきた。
「おつかれさまです、おあかさん・・・」
「ありがとう、お日ちゃん・・・。此処にいるみんなのおかげね。そこの医学生の方もありがとう・・・」
「いっ・・・いいえ。私は何も・・・・」
そう、実際何もできずほとんど見学だった。まだ、自分の知識と技術は使えるものではないのだと感じた。
「すみません、少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」
「ああ行け、ここにお前のような大きな人間がいると窮屈すぎる」
ぱっぱっとほんの少し気の抜けてしまったおばばに払われ緑間は気分を変えるために日が昇り始めた外へ出て行った。
「・・・・」


外に出て緑間は体をのばす。
体に力がずっと入りすぎて凝り固まってしまったようだった。
「緑間様」
「ああ、お日殿」
後ろを振り向くとお日が緑間の近くへよってきた。
「体大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか・・・貴方は?」
「大丈夫です。無駄な動きをしすぎてちょうど良かったみたいです」
髪が乱れ、着物も乱れていても気にすることもなくお日は笑顔でいった。
「そうだ、すみません。全く緑間様にかまっていられなくて」
お日は謝った。
「いいえ!俺の方こそ勉強させていただきにきたんですから、そんなに気おちなさらないでください」
「・・・ええ」
なんだか本当に申し訳なさそうにしているが、妊婦をみて半狂乱になるぐらいだから他人をみる余裕なんてなかっただろう・・・
「そうだ・・・緑間様・・・・」
するとお日がなんだか今度は不思議そうにじっと緑間の顔を見てきた。
「な、何でしょうか・・・?」
「あの、その言いたかったのですが・・・・そのしゃべり方元に戻していただけませんか?」
「はい?」
何のことだろうかと思っているとさらにお日は続けた。
「さっき気づいたのですが、緑間様は普段はこんなしゃべり方ではないでしょう?おばばや桂庵先生とかはしょうがないかと思うのですが、私のまえではお友達と同じように話してください」
お日は微笑みながら言った。
「いや、しかし・・・・」
「約束ですよ」
緑間は彼女の主張には逆らえなかった、どうしてか・・・・。



その数年後・・・二人は晴れて夫婦となりそれぞれ無事に江戸で有名な医師と産婆になるのだが結婚後もちゃあんとお日は緑間の手綱を握っていたということだった・・・・・


おしまい
――――後日談

「おい、真ちゃんお見合いしたんだって?桂庵先生につれられて」
「何のことなのだよ高尾。俺は勉強をしにいっただけだ」
「へ?まじかよ・・・・で、何の勉強をしたんだ?」
「産婆おばばと言う方でな、そこで出産の勉強を・・・「は?」」
「産婆おばばってあの?実際の年齢がわからない産婆のバーちゃんか?」
「そうなのか?」
「そうだぜ!俺のじいちゃんを取り上げたかもしれないって言われてるんだぜ・・・」
「「・・・・」」
二人は顔を見合わせる・・・
では、産婆おばばはいくつなのだろうか…
「俺はそんな冗談信じん・・・」
ぷいっと緑間はそっぽを向いて出て行った。
「おい!ちょっとまてよ!」

本当のおしまい

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