夢恋人 後藤誠二

□Lost Wing
1ページ/3ページ


あの日で、オレの時計は止まってしまった。


時間は確かに過ぎていくし、季節も移り変わり、職場の人間も入れ替っていくのに。


オレの心は、あの日、置き去りにされたまま。


ただ、朝、目を覚まして今日の仕事をこなして、空腹を満たすだけのものを食べて眠る。


そういう毎日。


何を見ても、何に触れても、心はもう躍ることはない。

かと言って、仕事がおろそかになるようなことは断じてない。

仕事に集中している間は、余計なことを思い出さなくて済む。


もう、オレの過去について触れてくる命知らずな人間はいなくなった。



・・・これでいい。

オレは、こうやって、ずっと、生きて行くだけだ。



彼女を、胸に抱いたままで。






久しぶりだな。

なかなか来れなくて、悪い。



連休を取って、彼女の墓前で手を合わせる。



・・・怒ってるのか?

最近仕事が立て込んできて。

厄介な案件を任されたり、煩い後輩に纏わりつかれたり、まぁ、いろいろ大変なんだよ。



・・・・夏月。

聞こえてるか? 



どうして、何も答えてくれない?

どうして、夢にさえ現れてくれない?



仕事柄、覚悟していたとはいえ。

あんな風に、唐突に、別れが訪れるとは思っていなかった。



・・・それは、お前もそうだよな、きっと。




言いたかった言葉も、聞かせてやりたい言葉も、沢山あった。

したかったことも、してやりたかったことも、沢山あったのに。


オレを、不甲斐ない恋人のままにして、逝ってしまった。






・・・夏月。


今、どうしようもなく、お前に会いたい。


そして、その華奢な身体が、折れるほど。


強く、抱きしめたい。


そして、どれほどお前に言って欲しいとせがまれても、


照れくさくてなかなか言えなかった「愛してる」を。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ