迷子と鶴
□8話
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読んでいた本を切りの良いところまで読み終えたメイコは今日はここまでにしようと判断すると、文台の上に置いてある栞に手を伸ばす。
栞には押し花になったスミレが貼られており、ソレは鶴丸から貰ったスミレだ。そっとスミレの花を指先でなぞるメイコの目は幸せそうだ。
「随分と真剣に読んでいたね」
護衛だと言って側に居た乱は本を読むメイコに気を遣って今まで口を開くことはしなかったが、メイコが栞に手を伸ばしたのを見てもう読書時感が終わったのだと悟ると嬉しそうな顔をして話しかけてくる。
「今まで読んだのとはちょっと違った話だったから面白くて」
この本はここ最近、離れに遊びに来るようになった太郎太刀から借りたものだ。
部屋に閉じこもっていることが多いメイコに気を遣ってか、太郎はこうして時間潰しになる物をもってきてくれる。
時折、太郎と本のことについて話をしていると次郎は理解出来ないと言いたげに顔をしかめるというのが一連の流れになっている。
「ふぅん・・・本かぁ僕も今度借りて読んでみようかな」
「そうしてくれると私も嬉しいな」
意外と本丸の中には読書好きな物が多いらしく、塗籠には大量の書物やら本やらがあるらしい。中には現代の漫画などがあり若い刀剣達はそちらばかり読んでいると太郎がぼやいていたのだ。
「乱君、そろそろ兄弟達が来る頃じゃない?」
メイコの言葉に乱は壁に掛けられていた時計を見ると顔を輝かせた。
次郎が居るときは乱が本丸に向かうのだが、彼が不在の時は粟田口の兄弟達が離れにやって来て乱やメイコと他愛ない話をしたりして遊ぶのだ。
「今日は鳴狐も来るらしいよ」
「本当?楽しみだなぁ・・・お供の狐さんに会えるんだ」
鳴狐と初めて対面したとき、お供の狐に対してメイコは満面の笑みを浮かべたのだ。
最初こそ人の方が腹話術でしゃべっているのかと思ったのだが、違うと否定をされてから鳴狐の狐にメイコは夢中になっていた。
「油揚げあったかなぁ」
「昨日買い物に行ったときに買ってきてあるよ。次郎さんがつまみにするって言っていたけど、一枚くらいなら良いんじゃないかな」
メイコは鳴狐の狐に対してよく油揚げを渡している。
狐もそれを目当てにやって来ているのか、前回はうっかり口を滑らせ「お久しぶりですなぁ油揚げ殿」と言ってしまい鳴狐が頬を赤くしていたのだ。
メイコとしては迷子でも、油揚げ殿でもどちらでも良かった。
そんなことを話していると楽しげな声が複数聞こえてきたので、乱が顔を輝かせてその方向を見る。
兄弟達との間にあったものが無くなった今、乱は離れに居る必要は無くなったのでメイコは兄弟の元に行っても良いと再度告げたが、乱は頷かなかった。
『害鳥駆除があるからね』
にっこりと笑って告げられた言葉の意味をメイコは良く解らなかったが、乱が何か目的があって残ってくれるのだということだけ理解した。
次郎も乱と同じくまだすることがあると言って離れに残ってくれている。
少しずつ、本丸の人達とも交流を持つようになっていた。
「私も」
そろそろ本丸に行って見るべきなのかもしれないと思う。
帰る手助けをしてくれた兼定と堀川に改めて御礼を言うべきだし、偶にはこちらから鶯丸の元に遊びに行きたい。
「・・・会いたいな」
最近、鶴丸は離れにやって来ていない。
実は密かに会おうと試みているのだが、本丸からは鶯丸と一期からの妨害に遭い、それを上手く回避したとしても次郎と乱に見つかり追い返されているのだ。
本丸の方を見つめながらため息を吐くメイコの姿を、乱は複雑な気持ちで見つめていた。