パパと呼んで

□プロローグ
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若葉が物心ついた時から父親という存在が自分には居なかった。
 友達の家には母親と父親が居るのに、自分には父が居ないという事に関して幼い頃に一度だけ母に聞いてみたことがあった。若葉にとっては何気ない疑問を口にしただけだったのだが、その疑問は母を傷つける結果となってしまった。
 だからそれ以後、若葉は父のことを口にすることはしていない。
 母と二人きりで生活するのが当たり前だと思うの当時に、父が居ないのだから自分がしっかりしなくてはならないと幼い頃から思うようになっていた。
 高校に入学したのと同時に若葉は近所のコンビニでバイトを始め、仕事にも大分慣れ始めたそんなある日のことだった。

 「ただいまぁ」

バイトを終えて家に帰った若葉は玄関に見慣れたパンプスがある事に気づく。

 「母さん?居るの?」

いつも母の帰宅は深夜遅くの為、珍しい事もあるものだと思いつつも若葉は喜びを隠しきれないままリビングへと向かえば、母がソファに座っていた。

 「おかえりなさい」

 「ただいま。今日は早かったんだね」

 「えぇ・・・そうなの。ご飯の用意が出来ているけどすぐに食べる?」

 「うん!」

 「なら着替えていらっしゃい。その間に用意しておくから」

ニコニコと微笑みながら母が告げた言葉に若葉は嬉々として自分の部屋に向かうと、制服から部屋着へと着替える。
 久方ぶりの母との食事に若葉が学校であったことやら、バイト先での話をするのを母は時折相鎚をしてくれたり、感嘆の声や質問などをしてきたくらいなものだった。
 溜っていた話をある程度話し終えて満足した若葉がすっきりした顔をして、食後のお茶を飲んでいた時だ。

 「若葉ちゃん」

 「なに?」

 「聞いて欲しいことがあるの」

改まった声と態度の母の姿に若葉は持っていたカップをテーブルの上に置くと母の方へと視線を向ける。
 母が若くして自分を産んでいることを若葉は友人の母親の年齢やらから知っている。何故そうなったのかまでは知らないが、少なくとも楽な人生ではなかっただろう事は若葉も何となく感じ取っていた。
 これはもしかすると何か深刻な話なのかもしれないと若葉は判断すると、テレビの音量を少し下げると姿勢を正して母親の方へと向き合う。

 「実はね相談したいことがあって今日は早く帰ってきたの」

 「私に?珍しいね」

 「・・・こればっかりは若葉ちゃんの意見を聞いておきたいから」

その言葉を聞いた若葉は無意識の内に嫌な予感を抱いていた。
 今と同じような事は過去に何度かあったが、最終的に母がそれを口にしたことはなかった。
 いつだってそうだったため若葉はきっと自分はこのまま、母と共に二人三脚で過ごしていくものだとばかり思っていたし、変わることがないだろうと勝手に思い込んでいた。
 母と子の二人きりという生活は大変ではあったものの楽しい日々であったし、今後もずっと母と共に支え合っていく日々が続くのだろうなぁと若葉は漠然と思っていたが、それは間違いだったのかもしれないと今になって突きつけられた気になる。
 
 「お母さんね、プロポーズされちゃった」

 「え?」

 「余程のことが無い限り受けようかと思っているの」

 「・・・・えぇ?」

突然落とされた爆弾に対し、若葉はあまりにも突然すぎる事に呆気にとられた顔をしたまま固まることしか出来なかった。
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