もう一人の人生編 参

□第拾玖話【想いを口に出すのは、やはり恥ずかしい】
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私と吉良は、外から戻ったあと柔らかい椅子の上でずっと沈黙を保ったまま座っております

...正直、何を言えばいいか分かりません。
機会を失ってしまったのもありますが、何故己が外に出てしまったかさえ不明。







『(はあ...勝手に足が動いてしまったものは、仕方ありませんよね)』

「......」


『(ですが、何故たかが傍を離れただけで...あのようなお顔で私を探されたのでしょうか?
村ではあり得なかったこと。)』

「......」







悶々と表では沈黙したまま、脳では思考を張り巡らせる
でもやはり答えは出ずに、増すのは謎ばかり
彼女のあんなに必死なお顔は初めてだった

何故?

私には理解ができない

ふいに彼女が口を開ける。少しばかり体を揺らし、彼女をチラリと見やる







「...なんで、―――――――――」

『......(ドクン、ドクン)』


「なんでお外行っちゃったの?」


『(来ました。まだ答えは出ていません...しかし、)』







しかし、しかしこれだけはハッキリとしていた
中も頭もガッチリと合っていた

あの影の主、恐らくでんわの声の主だろう
あの男の方が気に食わない

理由は明確ではない。
会っていないし、知らない人間だから

...最初に話し合い、渋々承知したんですけどね







『...あの人が、嫌だからです』

「あの人?...って言うと、秋夜くんのこと?」







ズキリ

また心の蔵が痛んだ
彼女が何方かの名を述べただけなのに。

そういえば、何がキッカケで家屋を出たんですっけ。
...あァ、家族水入らずのはずの食事に男の方を彼女が招いたことでしたね。
腹立たしい。








「......なんで嫌なのかな?」


『...直感、でしょうか。それに......食事は二人だけで誰にも邪魔されたく等ないのに..』


「会いたくないのかな?」

『...はい。(願わくばですが、)』


「どうして、かな」

『...何故か、その方の名を聞くだけで腹の底から何かが煮えくり返るんです』


「えっ」








彼女は目を真ん丸とする

それもそうですよね。
何故初対面の方に、苛立ち等覚えるんだと言うお話
でも実際、ふつふつとこみ上げたのは本当です
それにまた心の蔵が痛んだのも。







「......理由は分からないんだよね?」


『(解らない...そうです。解らないんですっでも中は知ってる風がまた..)』


「...丁君は、私にどうして欲しいのかな?」

『...別に、どうもして欲しくなど無いです』








特にコレといってない。は嘘
本当は約束を取りやめて欲しい...等とは言えない
何故なら、昨日私は了承したのだから
今更急に止めてくれとは、言えませんよ

また、苛立ってくる
誰にともなく、一人で 己に対し苛立つ



すると、何かがぷつりと切れた音がした。









「この前からっはっきり言うようにって!!言ってるでしょうが!!!!」


『っ!!?吉良、さ―――――――――』







突然だった。
素早く順応できなかった
彼女は急に隣から立つと、私の目の前に立ち引き寄せられた
距離およそ1尺程だろうか。物凄く非常に近い

私は何もできず、ただ彼女にされるがまま

私の心の蔵は、増すに増しとてつもない速さで早鐘を打っていた







『あ、あのっ...吉良、さん(お顔、が近いです)』


「ちゃんと!!はっきりと言いなさい!!!」


『っつ......(ビクッ)』








身を強ばらせ、彼女を見つめる
もしや、村の時のように又 罰を受けるのだろうか
又ですか? 貴女もなのですか? 楽しいひと時とはやはり 有り得ない物なのですね


すみません、すみません すみません 申し訳ございません お許し下さい 召使が出過ぎた真似をして申し訳ございません。お怒りをお鎮めください 無礼をお許し下さい








「自分が言いたいことを隠してばっかりだと、誰も気づいてくれなくなっちゃうよ!?
...私は、丁くんを誰よりも分かりたいのにっ」


『......(え?)』







彼女の怒りは徐々に静かなものへと変わっていく
私を理解したい?
何故?家族だからなのですか?
いくら家族といえど、他人に深入りは禁物なはず
何故そこまで私を知りたいのでしょうか
丁と名がつく召使の分際の私を。








「...ごめんね。ちょっと強く言いすぎちゃったかな」


『...いえ、(わからない わ から ない)』







何故私は震える?
村の時とは確かに状況も何もかも違う
村の奴らの物は、怒りだったのだろうか。嫌違う気がする
ならば、これが本当に 怒られる という行為なのかもしれない

罵詈雑言等ではない。私を思い怒ってくださった

又だ、何かが奥底から這い上がってくる。
熱い







『そ、の...初めて他人に 私の為に怒られるということを、されたので あの どうすれば良いのか分かりません』


「......」

『......っ』


「んー...じゃあ今どんな感じがする?心の中は、」

『(中...)何かが、込み上げっつ..てくる感じ、です』




「......ごめんね。おいで」







言葉の節々が上がる
まるで訛っているような そんな感じです
心なしか、吃逆も出てくる始末

彼女は見かねたのか、私を引き寄せ抱きしめてくれる
温かい 罰を受けるものだと思っていた

読めない

彼女が読めない

彼女の服を力強く握り、埋める







「...よしよし、ごめんね丁くん」


『(これが、母の温もり?...暖かい、あァ 暖かい)』






初めてだ。
こんなにも中が温かくなったのは
確かに何度も彼女に抱きしめられたが 今が一番温かい

これを他人に取られるなど 嫌です

嫌です イヤです イヤデス いやです


この温かみをくれる 貴方がとても大好きです
これが慕うか 母への愛情かは 今の所謎ではありますが

後半は違うと願いたい

それでも 貴方が好きです








『誰にも...取られたく等ないです。貴方が、好きです』


「......」







私と彼女はそれきり、何も言わず沈黙する
言の葉などいらない
今はこの温もりだけで十分です

ずっとずっと 幼き頃から 欲しくて 渇望して 切望して 羨望して 喝求して 喝欲したもの 

申し訳ございませんでした 

そして有難うございます
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