もう一人の人生編 参

□第拾柒話【その方の名は、"鬼さん"】
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顔を洗い、身支度を整えそそくさと広い部屋へと向かう
彼女に頼まれた"天気の予測するばんぐみ"を見るために。





『...ふむ、今日は油断禁物な天候なのですね。晴れはするが、ころっと変わるやもしれない、ですか』






今日はいつもの女性の方ではなく、爽やかアナウンサー(男性)がつらつらと述べていく
すると、料理場の方から、ガタガタと物音が響く
どうやら彼女が洗濯物の処理を済ませ 料理場へ来たようだ。






「あれ、今日何ブツブツ...」


『(何かぶつぶつ聞こえますね。行ってみましょうかね)』







ひょっと料理場へ入る場所の壁からこっそりと覗き見る
そこには、ため息をついたり ブツクサ呟いていたり 頭(顳顬―コメカミ―)をトントンと突いたりしている彼女の姿







『じいーーーー...』



「っ!!?(ビクッ)」






彼女が気づいたようだ
その顔は一瞬、引き攣った顔が印象的だった
だが、すぐ様取り乱すことなくじっとりとした目で見つめ返してくる








「...声くらい掛けなさい。」


『...冷蔵庫に向かって表情をコロコロ変える吉良が面白かったのでつい、』


「...ま、まあいいや。それで、お天気はどうだったの?」


『はい。今日は少し晴れるそうです。でも油断は禁物とのことです』







彼女の問いに答えてもなお、物陰から出ずひたすら見つめ続ける丁。
背景から、ズオオオオオオという効果音が聞こえそうな程
例えるならば、鬼灯人形のソレにどことなく似ているだろうか







「えっほんとー?梅雨なのにブツブツ...」


『(また何かブツクサ言い始められましたね。お邪魔せぬよう、退散致しましょうかね)』








丁は壁から離れると、くるりと踵を返し
大きな枠――――ベランダへと真っ直ぐに向かう

...ここは私のお気に入りの場所です
何故かと言われてしまうと..あの大きな大きな木が実は晴れた日は見えるからです
とても懐かしく思える大きな木
今日はよく晴れて、綺麗に見えます







「ふふっ丁君は本当にベランダ好きねー」


『......』







心地よい 初夏のかほりのする風が頬を掠めていく
サラサラ サラサラと。

幼き頃、一度だけ連れてこられたあの時も
確かこのような感じだったはず

風景は違えど、湿っぽく温かい風が頬を掠めていた
大きな 大きな木を背に二人で湖を見つめていた






「......え?」


『(?どうかされたのでしょうか。)』






気づけば、彼女が呆然とした顔で此方を見つめていた
まるで、狐に摘まれたような顔で私を。






『どうかしましたか?』

「へァ?あ、ううん。今ご飯作るから待っててねー」


『(?相も変わらず変なお方ですね)』







彼女は慌てた様子で料理場へと戻っていった
元々変なヒトとは思ってはいた、だがあれはそういう類ではない気がしなくもない

...なんと言うか、何か隠しているというか。








『(もしや、何処か体の不調でもおアリなのでは?)』


「......」






スタスタと彼女の傍まで来ると、少しの間見つめてみる
何処か虚ろで、物思いに更けっている目をしている彼女。
彼女の腰付近を、ツンツンと突き見上げるも
応答は無し
ならば呼んでみるのみ。







『吉良、さん...?』


「......」



『吉良さん。』

「.........」





『...吉良さん――――――――!!』








ドンッ━━━━━━━━!!





「っ!?な、に...?」







何度も呼びかけるもまた応答なし。

ならばと丁が思い切り...とまではいかないが、彼女へきつく抱きつく
きっと流石にこれならば、気づいてくれる。

...ほら、気付いてくださった
だが、衝撃を与えなければ、気づいてくださらないなんて。

...それが 途轍(トテツ)もなく辛く 苦しい

心の蔵付近が ズキリ と軋んだ







「あ、れ丁くん?」


『.........具合でも、悪いのですか?』

「へ?」


『んぐっ(...と、届かない)さ、きから呼んでいるのに、返事一つされませんでしたので心配になったのです』


「あ、......そう、だったの?」







ギュッと更により強く握り締め、彼女を仰ぐ
しかし、それも虚しく彼女は丁の手を握り離させ
同じ目線へと腰を屈めてくる

...ズキリ ズキリとまた心の蔵が軋む







『...本当に、大丈夫ですか?』


「うん。大丈夫だよ!!ごめんね、また心配かけさせちゃったね」



『......い、え』







いくら大丈夫だと言っても、まだ心配の色は拭えはしない
表面はいつもの吉良とはいえ、我慢をしているのやもしれないですから。





『......』


「おいで丁くん。」


『っ...』








眉をしかめ、眉間に皺を刻んでいると
彼女が大きく両腕を広げ招き入れてくれるようだ
言葉を詰まらせ、彼女が広げる両の腕の中に従うまますっぽりと吸い込まれていく


強く 強く きつく 頭も撫でてくださる







「...ありがとう。丁くん」


『いえ、...人肌恋しくなったのですか?』

「そうかもしれない。あはは...この歳で何寂しがってるんだろうね」


『...人恋しさに、齢も何も関係ないのではないでしょうか?』

「...そうかな?」




以前ただ一向パラパラと読んでいたよく解らない、だが興味深い一句を思い出す






『本にありました。"人は人を求め、人は一人では生きては行けぬ唯一無二の存在だ。それには齢も生き様も関係ない"と』


「......その本は何ていう本なのかな?」


『分かりません。パラパラ捲っていただけなので』

「そっ、か...」



『(本当によく分からないし、何も響きはしませんが、何か興味を唆られると言うか...)』








彼女の衣をギュッと握り直す
今はそんなことはどうでもいい。

彼女が先決

元気がない吉良なぞ、彼女ではない
いや、まあ彼女とて落ち込むことや体を壊すこととてあるでしょうけど...

でも今は違う気がする
何か違う

離してしまえば、何処かへふらりと行ってしまいそうな
そんな危なげな感じだった



怖かった



彼女が何処か遠くへ――――――
私の知らない場所に行くのでは と恐怖してしまった

以前は、彼女自身が怖かったのに..
今は彼女が居なくなるのが怖い

ただただ ひたすら コワカッタ
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