もう一人の人生編 参

□第拾柒話【その方の名は、"鬼さん"】
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ぴったりと彼女の身体に引っ付く
剥がされないように
彼女が 元気になるまでずっと。







「...丁くん?」


『...今回は離れませんから。吉良が元気になるまでは。』


「え?」

『物憂いなお顔をされていますよ』


「......え?」








彼女が手で顔を覆う
私の目に映る今の彼女は――――――...

何処か虚ろで 寂しそうで 悲しい目をしているように見える
まるでそれは探しビトが居なくなったようなそんな感じだ

喪失感とも捉えるべきでしょうか?







『...先程は何を考えておられたのですか?』


「え?...そう、ね」







私に向けられていた彼女の視線だけ、別の方へと向けられる
何か言葉を選んでおられるのでしょうか?








「さっきね、丁くんを見てたら大きな長身の青年の人が見えたの」


『青年?』

「うん。背中にはね鬼灯の背紋があって、黒髪の人だったの」


『(黒髪?鬼灯の背紋...いや、鬼さんはご関係ないはず。)』


「私はその人を知ってると思うんだ。でも思い出せなくって...」







彼女が知っている人?
だが思い出せないヒト

...いえ、やはり鬼さんは関係ないですね

すると、彼女が俯く
真下から丸見えだ
そして彼女が衣で拭おうとするモノが目に入った

彼女が瞳から 水を流されていた
私はそれをただ、じっと見ることしかできなかった








『(強がりな方ですね。)...では思い出すまで、無理に思い出さなくても宜しいのではないでしょうか?』

「え...?」


『無理に思い出そうとも、記憶や思い出というものは中々心の奥から出てこないそうですよ。だから、普通に生活をしていればいつか思い出します』


「......」







彼女の濡れた瞳をずっと見つめ続ける
そして、彼女の俯けている頭をそっとぽんぽんと触れてみた
ふわふわではありませんが、とても綺麗な髪色です。

すると、彼女は目を見開き私を凝視してくる
きっとこんな幼子に諭されるとは!?とか思っているのでしょうね。

...あ、いつもの笑みとはまだ少し遠いですが笑って下さいました







「...そう、だよね。記憶とかっていつかふと出てくるものだもんね。..ありがとう丁くん」

『いえ、少しだけ元気になられたみたいで良かったです』


「え?今顔色いい感じなの?」


『はい。いつもよりかはまだ暗いですけどね』







また彼女が笑った
だがやはり先程同様、力がない
だが、ようやっと ようやっと笑顔になって下さった
己でも分かる。口元が自然と無意識に緩んでいることに

...あ、また彼女の瞳から一雫が零れ落ちていきました
でもやっぱり私は、それを拭って差し上げることができない。できなかった。







「ごめんね?朝ごはん遅くなっちゃって。すっかり冷めちゃってるけど、食べよっか?」


『っはい!!』

(...何も、して差し上げられなかった。)








一瞬だけ、本の一瞬だけ後悔した。
歯を軋ませ、すぐ笑顔を彼女に向ける

悔しかった 何もできなかったから

ただ、淡々と彼女を諭すことしかできない己が悔しい
もっと、幼き頃にヒトと触れ合えていれば...などと後悔しても意味のないこと。

私は悟られぬ様、無邪気に椅子に着き彼女の合図を待つ

ズキリ






「...よしっではいきますよー」




同時に息を少しだけ吸い込み――――――







「『いただきます』ーす!!!」






中で陰りを帯びながら、彼女と合掌したのであった。






黙々と食べていると、チラリと彼女を見やる
彼女が頬杖を付き、じっと見つめていた

きっとこの視線には気づいていないはず

一体彼女は、今何を思い私を見ているのでしょうか
私と重なった青年?
傍また見ているだけですか?










(...貴方は、私を見ては下さらないのですか?)



またズキリ と 痛んだ
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