もうひとりの主人公編 弐

第拾伍話【探索1回目】
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『さて、まずは何を致しましょうか?』




ぽつんと玄関前で呟く
その吐きは今は誰にも届くことはない

まずは、吉良さんが書いてくださったというきかいとやらの説明文でも見ていきましょうか

最初は彼女がよく居られる料理場にしましょう





『......』

"冷蔵庫『二段目が野菜保管場所で下が冷凍庫だよ!!上はなんか色々入ってるから好きなものを取ってね!』"


『大雑把すぎませんか?...他の説明もこのようだったら、嫌なのですが..』






眉根を潜め、じっと自分より高い位置に貼られている説明書きに目を通す
目は中々にいい方だからか、ここからでも少しは見える

次は冷蔵庫の隣の丁ほどの机の上に乗っているれんじを見つめる




『此方はレンジと言うのですね。...取り敢えずボタンと言うものを適当に押せばなんとかなるはずですよね?』




もはや説明書きを読むのが億劫なほど、長々と小さな文字で書かれている
非常に見えにくいことこの上ない。

どんなに視力が良いだろうが、無理です





『次に、この奥にある大きなモノを見てみましょうかね』



説明書きには、食器棚と書かれている
まあここ数日で何度か器などを出しているから、なんとなく分かる
この前彼女と外出した時に、頂いた"まぐかっぷ"とやらもこの中に収められている




『おや?この下の戸はなんでしょうか?』




不可解といえば不可解。
でも馴染んでいるといえば、床に馴染んでいる
ソレ
取っ手の部分が収められているが、取り方が解りません...
彼女が帰ってきたときにでも聞いてみましょうかね。
と言うか、何故今迄気づかなかったのでしょうか?





『ふむ...これは後回しに致しましょう。他は..』




机と反対側を見れば、まだ説明書きが貼られているものがある
下の方は、オーブンと書かれている
これでおかし?とやらなどを焼くだとか

あ、この前のけえきも焼けるのですね!!
ならば、昨日昼餉に食べたアレも作れるのでしょうか?


更にその上を見れば、あいえいち?と書かれた紙が貼ってある
これの使い方はなんとなく分かります





『吉良さんがいつも使われているものですので、見なくてもなんとなくで分かりますね』



更に其の隣も彼女がいつも使っている、温かい水や冷たい水が自由に出る、今朝使った場所と恐らく構造は一緒だろう

...ここはこんなものでしょうかね?






『あとは...行水場ですね』





しかし、体を清める場所の手前の部屋(脱衣所)へ行ってみるも、何も貼られてはいなかった
これでは何かするにしてもやりようがありませんね

...つまりはしなくてもいいという事でしょうか?

うろうろと彼女の意図することを考えてみるも、何も答えは出ず...






『はあ...次は何をしましょうか』




とぼとぼと大きな広間へ向かい、昨日空を眺めたあの場所へ行ってみる
今日もまた快晴だ
風が心地よく、生暖かい風が頬をかすめる

目を瞑り、その風 空気 雰囲気を堪能する







―――――こんにちわ。この前の幼子くん―――

――――君もこの場所が好きなの?――――






遠い 遠い 頭の中から微かに聞こえる声
まだ幼さの残る少女の声

きっと気のせい
この家屋には私一人しかいないはず

なのに人の声がするなぞ、ありえないこと
認めない





『...ですが、何処かで知っている声に 違いはない』




まず吉良さんの声ではないことは確か。
まず彼女は幼き子ではない

ならば、村の奴らの声が耳に残っている?
...少女なぞ、おられただろうか
こんなにも澄んでいて、綺麗なお声の女子など―――――――






『...巫女様。』




いや、しかし彼女は余り公の場には出ては来られない
名も無き巫女様。
私は一度たりとてお会いしたことはない

噂程度で、居るとだけ聞いたのみ
他の幼子たちも知り得なかった

知っているのは、村の大人たち






『まさか、巫女様がこのようなお声のはずがないですよね。...今となっては、聞けませんが』




ポツリとベランダに置かれている小さな台に乗り、手すりに両肘を組みもたれ掛かる
このひと時が一番の今の癒しの場





『...今、湖畔はどうなっているのでしょうかね。』






まだ本当に幼き頃に 誰かに連れられ広大な湖を見た記憶
あれからずっと行っていなかった

行けるはずがない。体中が痛くそれどころでもなかったのだから
頭から綺麗に無くなって、今にやっと思い出したところだ





『......どんな手でしたっけ』




今では連れて行ってくれたあの手さえも覚えてはいない
覚えているのは、並の人間よりも肌の血色が白かった
それだけ。






『...もう、今になっては関係のないことですよね。今はこの場所で頑張れば良いだけのこと』



ぼーっと余り変わり映えのない風景を見つめる
雲だけが風に押され ゆっくりと動いていくのみ

...本当に、村の時とは違い..穏やかな日々を過ごしている


痛みもない 罵られることもない

ましてや、蔑みの目さえもない



あるのは彼女の笑顔や 笑い声

不思議なモノに 不思議な言葉

温かいこの街の人々のあの声








『...本当にいいのでしょうか。こんな日々を過ごしてしまっても』






困惑する毎日
なのに すぐ馴染める

不思議な場所







『きっと吉良さんがお傍に居て下さっているから、難なく馴染めるのでしょうね。そうしておきましょう..』






己の中で自己完結する
でなければ、もはや頭の中が混乱する

それと今は あまり何も考えたくは、ありませんからね






『...いつまで、此処に居られる の で..しょうか―――――――』






余りの静けさと心地よさに手すりに寄りかかったまま、うとうとする
何も考えない日々(初日は考えたが)

変な音――――耳に心地いい位の沢山の音



ほんの、ほんの数分だけ――――――。










『すう......』
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