もうひとりの主人公編 弐

第拾陸話【不思議な感情と。】
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私と吉良さんはいつもの通り、夕餉を済ませたあと
片付けをし、体を清め(入浴)ていた

丁は髪を留めていたシュシュを外し、今日の着替え分の服の上へと置く





ザバアー......





「はあ〜...疲れが取れるねー」

『そうですね。熱い水に浸かるというのは、本当に気持ちがいいです』





それぞれがそれぞれ、吉良は天井を仰ぎ湯船の大半を独占している
丁はと言うと、正座をし目を瞑っている






「それにしても、良く秋夜くんが来ることを承諾してくれたね。ありがとうね丁くん」

『いえ、どの様な方かは存じませんけど...貴方の頼みならば、まあ仕方がないかな、と』


「あははーでも、本当に安心してね?私が絶対アイツには触れさせないようにするから」

『(逆なんですがね...)はい。その件に関しましては、互いにと言うことで収まったでしょう?』


「うん。そうだったね」







あははとカラカラと笑う彼女。
しかし秋夜さんという方、一体どのような方なのでしょうか
影だけとはいえ、彼女よりかは結構大きかったように見えました

...あァ、あの方は彼女にとっての下の者とは言っておられましたが..どうなのでしょうか?







『(彼女はあの方をどう思っておられるのでしょうか...)...ブクブクブクブク』

「丁くん?なんか段々沈んでいってるけど、大丈夫?」

『(もしやすると、彼女が慕う方なのでは?...いえ、私には関係ありませんよね)』

「おーい丁くん聴いてるー?」






正座していた体勢を崩し、湯の中に段々と沈んでいく
だがそれさえも気づかぬ内に、
彼女にこれ以上は深入りしてはいけない

...なのに、気になってしまう。
何故か彼女の慕う方が気になってしまう






「丁くん!!」

『(っ!!?)がぼぼっ!!?ごぼっげほごっほ!!!?』


「あーあ、何してるの〜ぼーっとしちゃ駄目だよ?上せちゃうからね?」

『す、すみま゛ぜん゛...』






突然目の前で大きな声を出され、思わず肩を跳ね上げさせる
その拍子に、沈んでいたことにやっと気づいたものの...水が口の中へと流れ込んできた
喉を刺激し、鼻にも入り込み痛いのなんの...







「何考えてたの?そんな沈んでいたことさえ気付かない程考えて。」

『え?あ、えっと...』

「うん?秋夜くんのこと?」


『......はい。』






丁は改まって再び正座をし、彼女を真っ向から見つめる
その表情は真剣そのもの
聞かねばならないから。
先程お約束したばかりですから...








『その...秋夜さんという方は、どの様な御方なのかなと』

「あー...そうね。一言で言うと、犬みたいな奴ね。」

『......犬?ですか』


「そ。なんか分かんないけど、いつも私の傍にくっついてくるのよ〜..それによく仕事請負ってくれるしね」


『(犬...いぬ...イヌ......?従順で人懐こく可愛がられる生き物?)』








丁はそこでハッとする。
彼女に慕われている?
好いておられる...?

そんな...そんなっ
吉良はやはり、あの方のことが好いておられるのですね!!!
って、私は何故こんなにも落ち込んでいるのでしょうか?
.........はあ。







「丁くん?どうしたのー?なんでそんなに落ち込んでるの」

『いえ......何でも、ありません。本当に何でも、』

「どうしたのよー?はっきり言わなきゃ分かんないよ?」


『(そう、ですよね。聞いてみなければ、...何故聞く必要が?私には、私には関係は―――――)』







ひっそりと拳を握り、目一杯力を込める
まただ。
また先程のような苦しさが来た
でも吐き気や彼女が見られないと言う程でもない
何が違う?







「...まあ正直に言うと、大の大人にベタベタ引っ付かれても困るのよね..鬱陶しいことこの上ないのよねー」

『え?』

「だって好きでもないし、暑ぐるしいしでもう...面倒くさい!!」


『好き...でも、ない?』

「うん。」








彼女は好きではない?
犬のような方なのに?
犬のような人とは何かは存じませんが、感情や性格がということでしょうが...

嫌い?吉良はあの方が嫌い..?

何故か安堵の息が出てしまう





「なんでホッとしてるの?」

『いえ...何でもありません。少し息を吐きたかっただけです』

「変な子ねー。」


『吉良程ではありませんよ』

「ちょっとそれどういうことですか?まるで私が変人みたいな言い方ね」









ギラリと彼女が睨む
私はただ、真―――――真実、本当のことしか述べておりませんが?
何かおかしな事でも言いましたか?









『え?実際そうなのではないのですか?』

「いや何、当然がごとく言ってるの?私は至って普通で常識人で平凡な人ですけど?」

『ハハハッ何を仰られているのか解りません。』


「ちょ、真顔で笑うとか怖いから!!」








失敬な!!
至って普通の――――これが私の笑い!!...のはず
彼女こそが正しく変人極まれりですよ

...なんせ私のような孤児を家族と言い、住まわせて下さっているのですからね

馬鹿で、阿呆者で、呆けた方で、お優しくて、笑う顔がとても素敵で...いつも笑ってくださって、沢山の"私"を引出して下さるお方。








『...有難うございます』

「え?」

『今、毎日が楽しく感じられています。貴方のお陰で、』

「あはは!!どういたしまして〜私も、丁くんのお陰で毎日が楽しいよっ!!」


『......はい』








不器用なりに精一杯口角を上げる
上手く笑えているでしょうか?
引きつった感じにはなっていないでしょうか?
貴方のように綺麗に笑えていますか?

私も、いつか貴方のような人間になってみたくもないです







『(今は、もう...彼女が怖くなどありません。貴方のことをもっと知りたいと思っております。)』
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