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□オリジナル作品
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金魚が溺れている。
小夜は水を欲しがってピチピチ跳ねる金魚を、まるで溺れているようだと思った。
すぐ傍に、水がある。しかし小夜は金魚をすぐに水に入れたりはせず、眺めていることにした。
金魚はもう跳ねる力もないようで、ただ静かに震えているだけだった。
金魚の瞳が小夜を見つめている。まだ幼い小夜は首を傾げると、近くにあった爪楊枝を手に取りそのまま金魚の瞳を刺した。
金魚は1度ビクンと跳ねたと思うと、そのまま動かなくなってしまった。
「あーあ。また死んじゃった。つまんなーい」
小夜は目から爪楊枝を引き抜くと、金魚の体をつつき始めた。
するとキィ、と扉の開く音がする。そこにいたのは小夜の母であった。
小夜は爪楊枝をそっと掌におさめると、母親に話し掛けた。
「あ、ママー。ねーママきいてよー」
「どうしたの、そんなむくれて。……あら?」
母親が目に止めたのは、既に息絶えた金魚。
「金魚、また死んじゃったのね。昨日夏祭りで取ってきたばかりだったのに……」
小夜は爪楊枝を後ろ手に隠すと、笑顔でこう言った。
「金魚かわいそうだね。なんで早く死ぬんだろう?」
――時に花夜は思う。
妹は、残酷だ。子どもだからではない。あれは一部始終を見ていた私だから分かる。小夜は分かって金魚を殺した。そしてそれを、笑顔で嘘までついて隠した。
母親はそんなことも気付かずに、小夜と笑いあっている。ああ、実に鈍感な奴だ。
母親は家事をしに姉妹の部屋から出た。スリッパの音がたんだん遠のいていく。
花夜と小夜だけになった部屋に、静寂が流れる。
「ね、お姉ちゃん」
小夜が言う。
「……なに、小夜」
小夜はおもちゃ箱の中にあるボロボロのぬいぐるみを手に取ると、あの笑顔――残酷な笑顔でこう言った。
「さっきのはパパにもママにもナイショだからね! お姉ちゃん、……見てたんでしょ?」
瞬間、花夜は自身の背筋が凍るのを感じた。
あの時、小夜が金魚を殺した時は、花夜は寝ていた――いや、寝たふりをしていたのだ。
しかし、見てしまった。好奇心という厄介な奴にかられ、薄目を開けて小夜のやっていることを見てしまったのだ。
花夜は口を開いた。
「……え? 何かしたの?」
「あはっ、なに言ってるのお姉ちゃん! 寝たふりしてたの知ってるんだよ? あとさあ……」
「お姉ちゃんさ、嘘をつくときは目線と声にきをつけないとダメだよ」
小夜はトイレいってくる! と部屋を飛び出していってしまった。静寂と、緊張感。部屋にはそれが流れていた。時折滴る汗と、静寂が耳に突き刺さるようだ。
花夜は思う。
小夜は一体、どんな大人になってしまうのだろうか。●●