*short*

□人生初は、君と雨降り空。
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「え、王様。なにやってんの?」




月島がそれを目撃したのは本当に偶然の出来事であった。
ただ、何の気なしに、ぶらっとそこらをうろつくつもりで教室をでたのだ。
確かに、自動販売機を横目でみて、
ああ、そういえばあの同級生の彼はよくこの場を好んでつかってたなーと思いはした。
したが、まさかだれも張本人はがここにいるとは思いもしないだろう。

しかも、体育座りをして、その足の間に頭をうずくめているというおまけつきで。


「ねぇ、聞いてる?王様。
てか、ちゃんと生きてんの?」

月島はいつまでたっても返事をよこそうとしない丸い頭に向かって、苛立たしげに言葉をはいた。

ただでさえ、月島という男は短気なのだ。
二度も同じことばを吐くというちっぽけなことでさえも貧乏ゆすりがとまらなくなる。

しかし、それでも項垂れた黒い頭は起きることはない。

これにはさすがに彼も顔を盛大にしかめた。
もう無視を続けられて、沸点はゆうにこえている。

「あーなに?やっぱり庶民には話かけられたくないっていうやつ?
はぁ、なんなの君は。
自己中にも程ってもんが___」




言いかけた月島は強制的に口を閉じることとなった。

それは、今朝からけたたましく鳴り響く、空の亀裂が原因である。
ピカッと怪しく雲の間を走ったかと思えば、莫大な破激音が耳を貫いた。

光ってから数を数え、その数字が縮まれば縮まるほど近づいてきているとの噂を聞いたことがある。
それを考慮して考えれば、先程の雷はかなり近くに落下したのではなかろうか。

___あー、雨も降ってきた。最悪。

今日は傘をもってきていない。

そうだ、山口に借りよう。
そう思いながら、月島は僅かに除く、渡り廊下に設置された時計に視線を移動させた。

あと四分で次の授業の予礼が鳴る。

もうそろそろ行かなければと、慌ただしく足の速度を速めれば、
ちらりと視界の端に、先程となんのかわりもみられない影山の姿が写った。


____気まぐれだ。
これは気まぐれなのだ。

自分につよく言い聞かせて、月島はそっと彼の近くへと歩みを向ける。

「ねぇ、授業。」

始まるよ。
そう言えば、ようやく、黒い頭はのそりと動き出した。

しかし、それはふるふると横に振られる。

つまり、彼は帰ることを拒絶しているのだ。

月島はいらっとした。

何がそんなに嫌なのか、口にもしない頑固さが。

「ねぇ君さ。言いたいことあるならちゃんといったらどうなの?」

これだから、王様は。

言えば、影山の肩が僅かにはね上がる。

お?と首をかしげれば、
しっかりと耳をすましていないと聞こえない程の微かな声が、
月島の耳をついた。

「__さ、に......」

「え?」

「朝、に。
ヨーグル買いに来たら、雷。酷くなってて__。

腰抜けた。動けねぇ。
それで____」

___それで?

月島は思わずぽかんと間抜け面を晒してしまう。

つまり。それはつまりだ。

「君。雷怖くて、腰抜けて、
しかも、もう今三時間目なのに、朝からここにいたの....。」

図星だったのか、顔を真っ赤にすると、影山は再び殻に閉じ籠るように頭を埋めてしまった。

道理で口を開かないはずだ。

こんな事実をプライドの高い彼が知られたい筈がない。
おまけに日向や山口が相手ならまだしも、あの、月島だ。

犬猿の仲とも言われる彼に、頼るわけがないのは百も承知であるし、嫌みを言われることもわかりきっている。

故に彼は黙秘権を行使したのだが、
どうも、『王様』ということばには勝てないらしい。


____へー。あの王様が。ね。


今だ激しく鳴り響く雷同にいちいち反応する姿に、月島は酷く拍子抜けする。

思えば、最初からおかしいと言えばおかしかったのだ。
いつもであるのなら、王様、と口にするだけで突っかかってくる彼が今日に限って何も言わない。

すぐに気がつかなかった自分も自分か、と。

月島は何の気なしに、影山の隣へと密着するように腰を下ろした。

これには彼も驚いたのか、かたくなに見せようとしなかった顔を上げてまで、月島を凝視してくる。
おまけに目を見開くといったキャプションつきだ。

「なに。」

そう呟けば、影山は戸惑いつつも、いや、と返事をして、またもとの場所へと頭を戻した。

その目元がほんのり嬉しげに、赤く染められていたことが、何故か酷く月島の心を揺さぶる。


55分ジャスト。
きっかりとなるチャイム。


しゃがみこむ影山をひっぱってでももとのクラスに戻そうとしなかったのは、ただの気まぐれだ。

ただ、次の授業の数学の教師が非常に腹立たしいから、ボイコットをしてやったまでである。


___だから決してこれは王様の為ではない。

そうだ。気まぐれだ。と自分に言い聞かせて、
月島はゆるりとめを瞑った。







雨の降り始めた全面灰色の広々しい曇り空。そして延々と光り落ち続ける雷。

隣には可愛いげのかの字も見られない仏頂面の同級生。



これが月島、人生初のさぼりであった。

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