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「音駒病院......音駒病院って確か...」
自分の店だというのに外に追いやられてから、唖然と空を眺め続けていたはずの菅原が、突然ぽつりと呟いた。
手術が始まってかれこれ二時間は経過していたが、扉越しに聞こえてくるカチャカチャと物品を動かす音やら、ジュウッと何かが焼ける音を聞くだけで、何処かに行く気にもなれず四人はただひたすらに時間が過ぎるのを待っている。
「?菅さん、あいつらのことなにかしってるんすか?」
「西谷...。いや、知ってるっていうか、音駒病院な、下町で噂を聞いたことがあるんだよ。」
「へぇ〜。それはまた、噂になるほど有名なとこなんすか?」
「うん。それもあるんだろうけど....」
「??菅原さん?」
田中が質問をふっかけて日向が顔色を伺う。
どうにも菅原の顔色が冴えないのだ。何かを言いたくても言えない。
そんな面持ちである。
「菅原さん。菅原さんは、一体あいつらの何を知ってるんですか?」
「日向。世の中は無情だよ。本当に。
たったそれだけの理由で、彼らを疑い、非難しかけてしまうのだから。」
「菅原さん....?」
「どんな理由があろうとも、
人間を差別するようなことがあってはならない。そうだろう?」
その強い瞳と言葉に、日向は彼が伝えたい事が何なのかを察する事ができた。
田中と西谷は相変わらず訳がわからないと言いたげな表情をしているが、日向にはわかる。
彼は、きっと自分に気を使ってその事実を口に出せないだけなのだ。
ぎゅ、と日向は、ふつふつと甦ってくる肩口の痛みに反物を握りしめた。
わかるものだけがわかるこの痛み。
あの二人のどちらかも、そうだというのだろうか...?
「おい、にーちゃんたち。
終わったぞ。」
「「「「!!!」」」」
突如として、立て付けの悪い扉が開かれる。
そこには決していいとは言えない目付きをした、黒尾が立っていた。
来たときにはニヤニヤと口許に笑みを浮かべていた彼も、やはり術後は辛いのか始終無表情のままだ。
「あ、ありがとうございます!!
それで、あの子は_____」
「ん、もう入ってもいい。
まだちと臭いはきちぃがな。」
「は、はい。」
緊張な面持ちで、菅原、日向、そして田中と西谷が店内へと戻っていく。
血塗れだったはずの畳は綺麗に清掃されており、その上には襖にし舞い込まれていた菅原の布団が敷かれていた。
勿論その中で安らかな寝息を立てているのは、先程の少年である。
苦痛な表情などどこへやら。
真っ白な包帯は目にいたいが、目を閉じ、正常な呼吸をする姿を見るからに、どうやら峠は免れたようだ。
日向が慌てたように少年へとかけよった。
菅原に至っては安心からか、へろへろと腰を抜かしてその場にしゃがみこんでいまっている。
「おっまえ良かったなあ〜
お医者さんなんてそうここらにいないんだぞ?
運が良かったなぁ〜....!!!」
血塗れの時はパニック状態であまり見ることができなかった少年の顔は想像以上に美しかった。
きっと、この先、生きていけば彼はまだまだ美しく、そして逞しくなるだろう。
そう、生きていけば。
「.....ちょっと聞いてもいい?」
「あ、弧爪さん!」
「ん、いや。研磨でいい。
多分あまり、君と年は変わらないはずだから、なんか...敬語とか変な感じ。」
「そうか?じゃあ、研磨。
俺に何が聞きたいんだ?
こいつ助けてくれたお礼になんでも答えるぜ」
「あ、えっとさ......
この子。君達の家族でも...何でもないでしょ?」
「??まぁ、そだけど。」
「じゃあさ、何で助けようと思ったの?放っておいても良かったんじゃないの?」
日向は思わず目を見開いた。
キリリとつり上がった孤爪の瞳が、まるで別人のように瞬いたのだ。
ぎゅ、と再び肩口を庇うようにさする。
傷が疼く。一生消えることのない傷口が。
「もしかしてさ、研磨って.....
俺と同じ?」
「.......?」
「肩口。竜の紋様。焼き印。これでわかる?」
「........もしかして、君も....?」
つり上がっていたはずの目付きは、徐々に下がっていった。
どうやら拍子抜けしたようだ。
日向はそんな弧爪に対して、なんて事ないというように笑ってやる。
「ははっお前のがそうだったのか!!
そっかそっか。
じゃあさ、俺がこいつ助けたかったって気持ち。聞かなくても少しは分かるだろ?」
まるで何か遠いものを見るように、日向は目を細めて仰向けに寝転がる少年を見つめた。
つられるようにして、孤爪も少年を見る。
「.....君がおれと同じだって言うなら............多分...気持ちも同じだ。
だって、
こんな簡単に人が死んでいいはずがない。」
「なーんか、な。」
「??おい、お前らなに話してんだよ?」
二人の会話を聞きながら、田中がさも不思議そうに首を傾げた。
当然だ。何の事実も知らない人に、今の会話は一生分からない。
決して分からなくてもいい事なのだ。
弧爪は数秒間ほど少年の顔をみていたが、暫くすると反物を軽く払いながらその場を立ち上がった。
「じゃあ、おれはもう帰るよ。
....えーと。」
「日向。日向翔陽。
名付け親は菅原さんだ。」
出入り口で黒尾と話し込んでいる菅原を見ながら日向が呟けば、孤爪は満足そうに微笑んだ。
「翔陽.....いい名前だね。」
「へへ、だろ?
俺はこの名前に恥じないようにいきる。」
「おれの名付け親はクロなんだ。
おれも頑張るよ。翔陽も頑張れ。」
「ああ、絶対な!」
ごつ、と拳をぶつけながら二人は微笑む。はらりと舞うように畳を降りると、孤爪は出入り口で待ち伏せをしている黒尾の元へ、颯爽と駆けていった。