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ゆらりゆらり。
左右に世界が揺れている。
それに酷く覚えがあり、影山は懐かしむようにゆっくりと目を開けた。
「......ん...」
はじめてこの揺れを感じたとき、彼はまだ幼かった。
視界には沢山の星が夜空にちりばめられていたのをよく覚えている。
しかし、今は、燃えるようなオレンジが視界いっぱいにひろがっていた。
「っ!!?影山起きたのか!!?」
肩口から振り向くようにしてこちらを見てくる日向に、影山は何事だと顔をしかめた。
「日向.....か?
なにそんなに焦ってんだ。お前。」
「はぁ!!?だって影山、お医者さんとこで倒れたじゃんよ!!!」
「お医者....?俺が___倒れた...?!」
そこまで呟いて、低く唸る。
音駒病院。黒尾と孤爪。
それははっきりと覚えているのだ。
____しかし、どれだけ考え直しても日向のいう倒れた原因という肝心な部分が思い出せない。
なにか忘れているという自覚もなし。
しかし、無理矢理頭を回転させようとすると、様々な言葉や会話がいっきに脳へと流れ込んで、思わず影山は盛大に噎せた。
げほげほと荒い咳を繰り返す彼に日向は慌てた様子で身体を揺らす。
「ほらーやっぱりあんまよくねーんじゃねーか!
大人しく乗っとけ!!!」
「げほ、___乗っとけ?
乗っとけって、なに?」
「え、お前もしかしなくてもバカ?
バカだろ?
背中だよ背中。
俺今お前おぶってんだけど。」
「.........。」
言われて影山は下へ下へと視線をゆっくり下げていった。
がっしりと捕まれた足。
項垂れるように寄りかかる体。
自分よりかいくぶん背の低い彼へとおぶられる屈辱。
これはこれは非常に滑稽だ。
「離せ__!!!はなせこんのくそ...っ!!!」
「は!!?やだよ!!今離せばお前また倒れるじゃんか!!!」
「ボゲ!!!
日向ボゲ!!離せボゲ!!!」
「いててて!!髪掴むなかげやまボーケ
て、あれ?
もしかして今名前読んでくれた!!?」
「!!!?」
しまったというように口を抑える影山を見て、日向はしてやったりと微笑む。
対象に、影山の表情は照れ隠しからか酷く歪んでいて、耳まで真っ赤であった。
「影山くーん!!
もっかい呼んでくれよ影山くーん。」
「.......」
完璧に調子に乗り出した彼を怒鳴ることもできないくらい、影山はわなわなと身をふるわせている。
どうやら彼にとって名前を呼ぶと言うのは相当羞恥のいることであったらしい。
さらにそれを指摘されたとなれば、その恥ずかしさは倍にも膨れ上がる。
しかし、いつも罵られている所為か、日向はその弱味に漬け込んでさらに影山を責め立てた。
「あれー?恥ずかしかった?
顔赤いですよー
影山さーんっ」
「んの」
「え?」
「調子に乗んなボゲェエエエエェェエ!!!!!」
「ぎゃー剥げる!!?待って!!
影山おれ剥げちゃうって!!!」
憤怒した影山がオレンジの髪を天へ届けと言わんばかりに引っ張りあげると、日向は盛大に悲鳴をあげた。
通りすがりの人々はそれを暖かい目で見守っては、口許に手をあて笑っている。
は、とその視線に気がつけば、影山は隠れるようにして日向の背中へと顔を埋めた。
お、という彼の反応がまた、非常に苛立たしい。
もうどうとでもなってしまえとばかりに背中を八つ当たりで軽く小突けば、いて、と声が少し苦しげなものに変わった。
「ざまみろ。」
「なんだそれ。」
ぐぬぬと悔しげな声が酷く胸のモヤモヤをすっきりさせる。
口だけでも勝つことのできた優越感に浸っていると、そういえば、と日向が突如に話をきりだしてきた。
「お医者さんからの伝言。
『何か不安になったら、何時でもこい。話聞いてやる。』
ってよ。」
「............??
よくわかんねーあの人。何なんだ?」
「ははは、さーな。」
日向は、自分の笑いがぎこちなくなっていないか、心底心配したが、どうやら影山には気がつかれなかったようで、安心する。
___今ここで、さっきのこと話したら、また半狂乱になっちまうもんな。こいつ。
聞きたいことは山ほどあった。
最後、彼が呟いた『及川』という名前の人物のことは特に。
しかし、これはどうしても話題に出してはいけない内容なのだ。
先程の暴れまわる影山を脳裏に甦らせながら、日向はぎゅ、とつよく拳を握りしめた。
どうしうもなく、
.....無力である。
「___っあー、くそ」
「?」
ふおん、と癖っ毛の髪が影山の白い肌を擽る。
こてんと不思議そうに首をかしげれば、日向は億劫そうに言葉を吐き捨てた。
「なーんかさ。
お前いっぱい隠しごとしてるだろ?
それは良いんだけど、みるなみるなーってして、俺らに見えなくして、んできっちり見えてないのに、
.......何で、あのお医者さん、わかるんかなって。
どーしても、....こう...胸がモヤってして......
そう、悔しい!んだ、多分!
ちょっとだけど、お前と長くいる俺のが負けた気分!」
「は?なんだ、それ?
医者がなんだ?」
「うーん。あー...だからつまりさー
お前に何か辛いことあったのは俺もわかってんよ。
言いたくないってのもわかってる。
お前素直じゃないし、怖いし、意地悪だし。
だから、
やたらむやみに聞いたりしないよ。
でもさ___」
くりんと大きなチョコレート色の瞳が影山の整った顔をまっすぐに写し混む。
真っ青な空へと輝く太陽をバックに、振り向いた日向の瞳がどうしようもなく綺麗で、影山は思わず身をすくませてそれを見つめた。
「影山のこと、もっと誰よりも知りたいなーって思う俺はさ、
よくばりなのかな??」