short

□enemy
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自分の死に様なんて考えたこともなかった。
それは神様とやらが決めることで、私のような凡人に選ぶ権利なんてないと思っていたから。

だから今、まさに死ぬ寸前というこの状況の中で少なからず驚いている。神様っていうのは時に残酷で粋なことをしてくれる。

「・・・あなたに敵意はありません、明智巡査部長」
そう言ってわざとらしく眉を下げるこの男は私と従兄弟の健悟君がずっと追いかけてきた人物。逮捕まであと一歩、というところで私はこの地獄の傀儡師と名乗る人殺しの罠にまんまとはまり、ナイフで腹部を深く切り裂かれ息をする度に血を流している。
今はもう体の感覚がない。ただひたすら早く殺して、と願うだけた。

「・・・申し訳ないですが、あなたをさっさと殺すつもりはないですよ。このまま苦しみながら死んでいくあなたを見ているのは中々乙ですからね」
あなたはそれだけのことをしたんですよ、私をテレビの前で自分を無敵だと信じている馬鹿な子供と同じだと愚弄したのですからと彼は静かな声で耳元で囁く。
次の瞬間果てしない痛みが体を貫き、私は悲鳴を上げた。
彼の手が開いた腹部にずぶすぶと埋まっていく。暴れるが、痛みはますます酷くなる一方だ。
視界が暗くなる。

「明智巡査部長」

頬を叩かれ、うっすらと目を開ける。
どうやら気絶していたらしい。まだ生きていると知り、私はうんざりとする。
死んでいるなら、この男の顔が目の前にあるわけがない。
高遠はにこっと笑うと私に何かを差し出した。視界がぼやけていて私はそれが何か分からない。赤くて、肉の塊のようだ。
「あなたの腎臓の一つですよ」と高遠が説明する。
私は目を見開き、信じられない気持ちでかつて自分の一部だったそれを見つめる。
その刹那我慢していた涙が自然と溢れ出し、私は嗚咽を漏らした。
「泣かないでください」
泣きじゃくる私の髪を高遠が優しく撫でる。
「あなたは悪くない」
「殺して」と私は彼に訴えた。「もう死にたいの」
頭の中で沢山の記憶が過っては駆け抜けていった。殆どの記憶がこの高遠を捕まえようと試行錯誤を繰り返している自分と「あまり深入りしないように」と注意する従兄弟のものだった。
大好きな従兄弟。本人には言ってないが、私の初恋は彼だった。警察官になった時、彼の腕の中で死ぬのなら本望だと思った。

だけど今、私は自分が長年追いかけてきた殺人鬼の腕に抱かれて死にかけている。
彼を捕まえたかったのは従兄弟に認めてもらいたかったから。
本当に私の人生は皮肉に満ちている。

「・・・あの人を傷つけないで」
私は最後の力を振り絞り高遠にしがみつきながらそう訴えた。「お願いだから、あの人には手を出さないで・・」
高遠は微笑む。全然楽しそうではなかった。
彼が悲しんでいると分かり、私は驚いた。
彼が悲しんでいるのに、喜んでいる自分に。

「・・・もう寝ましょう、明智巡査部長」
彼は手を伸ばし私の瞼を閉じた。
視界が真っ暗になり、痛みが和らいでいく。

ふと頬に冷たい何かを感じたが、それが何なのかは分からなかった。

→あとがき
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