空と海の間

□貴方はきっと知らない
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「外出許可を下さい」

恐る恐る赤い髪の背中に尋ねてみると、あいも変わらず人形に夢中な彼はこちらを振り向くことなく返事を返す。

「すぐ戻ってこいよ」

呆気ないぐらい簡単に取れた外出許可に驚きつつも、あたしはせかせかと美術室から飛び出た。静まり返る廊下に響くのは吹奏楽部の楽器の音や、運動部の掛け声。あたしはグッと伸びをしてから、とりあえず彼の行きそうなところを思い浮かべつつ歩く。廊下からグラウンドへ出て吹奏楽部が演奏していた曲を口笛で鳴らしていると、体育館から飛びてできたのはポニーテールを揺らしたイノ。なんだか急いでいる様子の彼女に声を掛けた。

「イノ!」

あたしの声に驚いたような反応をした彼女は、こちらに目をやったが足をせわしなくさせて止まる様子は無い。バレー部に入ったのか、ユニフォームを着ていた彼女にあたしは尋ねる。

「どうしたの?そんな走って」

「…えっと、あー、ごめん!ちょっと急いでるから!」

「お…、オッケー!」

素早くそう返されてしまい、言い返す理由も呼び止める理由もなかったあたしは潔くイノと別れた。体育館からはボールを打つ音や大きな掛け声が絶え間なく聞こえていて、あたしは遠い目をする。

「…あぁ、運動部にしなくてよかった」

ポツリと独り言を呟いてから、上靴が砂利に触れないように体育館に沿ってグラウンドを歩く。太陽に照らされた運動場では色んな部活が活気溢れるように動き回っていて、その中でやたらと騒いでいる金髪を見つけたあたしはその場に立ち止まり彼の名を大きな声で呼んだ。

「ナールートー!」

サッカーボールを追う彼に手を振れば、眩しいほどの金髪はこちらに気付き大きく手を振り返してくれる。それに満足したあたしは本来の目的、デイダラを見つけて部室に戻ろうと来た道を引き返すことにした。
そして、その先のテラスであたしは背筋を凍らせる事になる。

……

「え?」

廊下の窓から見えた、緑の生い茂るテラスに探していた彼は居た。それも、さっきすれ違ったイノと一緒に中良さ気にしている。窓の光が反射してこちらの校舎内は見えないのか、二人はあたしの方を見ようともしない。見慣れないコンビだと思いつつも、声をかけようとしてやめた。彼等はソッと顔を傾けて、二人の頭であたしの角度からはうまい具合に見えなくなる。生唾をゴクリと飲み込めば先程のイノの焦燥感を思い出し、一気に血の巡りが速くなっていく。笑い合う彼等に、あたしは何も言わずにそこを立ち去った。

顔を覆ってテラスを駆け出し曲がり角の向こう側、目先に居た柄の悪い人にあたしはギョッとする。
今からそこの奥にある路地で王様の耳は…みたいに叫ぼうと思っていたのにと溜息を吐けば、げははなんて下品な笑い声が聞こえてくる。ジワジワと歪んでいくあたしの顔を尻目に、見覚えのあるオールバックが目に入った。確か彼の名は飛段で、太陽に照らされてバカみたいに目立つ銀髪にあたしは後退りをする。

「うぉお!おい!」

早くここから離れようなんて思っていたのも束の間、案の定、目が合った途端に彼はあたしを手招きした。

「お前この前の奴だろ!なァ!」

「違います」

「いーや!俺はお前のこと覚えてるぜ!」

「違います!人違いです!あたしの名前はオリヴィアです!」

「オイオイ!誰だ!廊下でぶつかってきたろうがよ!」

「違います!ぶつかってないです!オリヴィアだからぶつかってないんです!」

尋常じゃないぐらい頭を振れば、あたしのあまりの勢いに彼は少し引いたように疑いの目をこちらに向けてくる。

「……そうかァ?」

まじまじと品定めするような彼の視線の先で、あたしは動揺のあまり唇をパクパクとさせた。そして何かを納得したように笑った彼は、自分の隣をバンと叩いて大きな口を開く。

「まぁなんでもいいからこっち来いよ!」

「……」

チーンと脳内で音を立てて真顔になるあたし。どっちにしたって結局そこに行く羽目になるらしい。諦め半分で少しばかり開き直り彼の隣に向かった。スカートの折り目を気にしつつベンチに座ると、彼はあたしの顔を見てやっぱりと微笑んだ。

「デイダラちゃんの後輩だろ?こんな所で何してんだ、オリヴィア」

彼があまりにも清々しいぐらい綺麗な発音でそう言うので、あたしは眉をひそめて飛段を睨みつける。

「…もうほんと馬鹿にしないでくださいよ」

「げはは!嘘だよ、××だろ」

「……」

「なんだよ、デイダラちゃんは?どうしたんだよ」

彼の言葉にあたしは先程の先輩とイノの光景を思い出し、悲しさのあまり涙で両目をショボショボさせた。それを見た彼は不思議そうにあたしの顔を覗き込んでくる。

「なんだ?なんか急に老けたな」

ババァだと笑った彼に、あたしは違うと声を上げた。

「泣きそうなんです!ババァとかやめてください!」

もうヤケクソだとうわぁなんて叫べば、あたしが泣いているのにも関わらず何故か半笑いで彼はあたしを慰めにかかる。

「ジャシン様に懺悔してみろよ、スッキリすんぜ?」

「あたし何も悪いことしてないもん!」

わんわんと声をあげれば、力が抜けたように笑った彼はあたしの頭をポンと叩いて小さく呟いた。

「そうか。じゃあ飛段様が話聞いてやるよ」

グジュグジュの景色の中で見た優しい微笑みに、一層涙がポロポロと溢れた。

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