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▽ちょっとした拍手文▽
……
【一つ飛ばして斜めに進む】
パチン。
将棋の駒を将棋盤に指した音が、夏の空気と混じって消えていく。シトシトと雨が降る外を眺めて、縁側に寝そべったあたしは大きく晒した太ももを組み替えた。
「下品だな」
パチン。
まるで言葉の最後に句読点を打つみたいに、音を立てて駒を進めるシカマル。あたしは彼の真剣な横顔を見つめながら、短パンの端を掴んで少しだけ下にずらした。
水溜りが集まる庭に植えてある紫陽花の数を数えた後、溜息を吐いて彼のシャツの端を引っ張る。
「ねぇ」
パチン。
無愛想な彼の代わりに返事をしたのは将棋の駒。彼の視線は将棋盤に向いたままで、唇を尖らせもう一度服の裾を掴んだ。先程よりも強く引っ張れば、チラリとこちらを見た目をあたしは見上げる。ふにゃりと笑ったあたし。それに対して渋い顔をした彼は、静かにあたしの手が届かない位置に移動してしまった。スルリと手から離れた服の形を、空中で握り潰したあたしはまた太ももを晒してゴロンと寝そべる。
「…ねー、つまんない」
青い紫陽花と紫の紫陽花。青の割合が多いその景色にあたしはボヤく。シカマルと小さく名前を呼んではみたが、ゲコゲコと泣いたカエルの声にあたしの声量は負けた。縁側に投げ出した足の指先に雨の雫が当たり、先だけが濡れていく。
「その足で畳に乗るなよ」
「乗るもん」
「染みになるだろ」
パチン。
そろそろ聞き飽きてきた。シトシトとパチンとゲコゲコに挟まれて、あたしは”苦虫を噛み潰したような顔をする”しかする事がなかった。早いスピードで流れる雲を目で追いながら、咄嗟に起き上がったあたしは将棋盤に目をやる。台形が沢山木の上に並んで、先がまえを向いているものもあれば後ろを向いてるものもある。あたしは”飛”の字が書いてある駒を指差して言った。
「これってなんでこんな形なの」
「さぁな」
「……」
パチン。
とうとうこの音に慣れてきてしまったあたしは、聞き流すようにシカマルの隣で胡座をかいて座った。少しだけかじったことのある、だがそこまで興味の無い将棋。黒い文字が沢山並ぶ中に、仲間外れにされたみたいに赤い文字が幾つか並んでいる。
「あ、」
「なんだよ」
「別に…」
あたしは紫陽花の葉の上に見つけた蝸牛を目で追う。重そうな渦巻きを背に乗せて、進んでいるのか止まっているのかさえも分からないそのスピードに眠たくなってくる。
「……」
少しだけ瞼が重くなってきた時、これじゃあいかんと蝸牛から目を逸らし、声だけ聞こえる蛙の姿を探した。
「シカマル」
姿はどこにも見えないが、リズム感のある”ゲコゲコ”が頭の中を巡る。
「蛙捕まえにいかない?」
「は?ヤだよ、面倒くせぇ」
「だよね。どうせ触れないし」
嫌そうな声色で言えば、不思議な顔をした彼はあたしを見た。
「さっきからなんだよ、面倒臭い」
「面倒面倒って五月蝿い」
静まり返る部屋。ジトジトした中での喧嘩は鬱陶しいと思う。ゴロリと転がってうつ伏せになり、あたしは将棋盤の向こうに居る彼を見上げて言う。
「勝負しようよ」
彼は微かにこちらへ視線をやって、また直ぐ逸らした。
「ねぇ、あたしが勝ったらデートして」
「勝てねぇよ」
「勝つよ」
「……」
「いいから、はやく」
急かすあたしに彼は、面倒臭い。とは言わなかった。起き上がって駒を配置に並べだすあたしへ、ルールは?と聞いてくる彼に頭を振る。
「知らねぇのかよ…」
「ずっと見てたからやり方は分かる」
パチン。
正座をしたあたしは歩兵を一歩前にさす。
「約束だかんね、デート」
四角のマスにぴったりと収まった歩兵からシカマルへ視線をやれば、彼は黙って駒を進めた。
「デート、デート」
鼻歌交じりに迷う事なく駒に触れるあたしへ、シカマルが驚いた顔で不思議そうに尋ねてくる。
「いつの間に覚えたんだ」
パチン。
「勝手に覚えてた」
パチン。
「…器用な奴」
パチン。
「シカマルが好きなもの、あたしも好きになりたいもん」
パチン。
あたしが駒を動せば、こちらを見て少しだけ固まる彼。1分と2秒程。暫く止まったあと、思い付いたように桂馬を進めた彼はニヤリと口角を上げた。
「集中しろよ、負けんぞ」
「んー…」
軽く告白したつもりの、あたしの言葉はスルーした模様。彼はあたしよりも桂馬が好きなのか。
「桂馬好きだね」
言うつもりはなかったが、サラッと出た言葉に彼がこちらを見上げる。何故か少しだけ不機嫌そうだ。
「別に好きじゃねぇよ」
「……」
蛙の声が耳に響いた。小雨になってきた緩い雨音もハッキリと聞こえる。これはあたしが将棋に集中していない証拠だ。シカマルの整った鼻筋を見て、鎖骨辺りで視線を迷わせる。なんだかもう、勝てないなと思った。
「王手」
パチン。
音がなったのは将棋盤か、あたしの心臓か。どっちかとか最早分かんないけど、王手をかけられちゃったのは確か。
「俺の勝ち」
それだけ言って、彼はゆっくりと立ち上がった。将棋盤の試合はいつの間にか彼の手の内に収まった。
「……」
背の高い彼を見上げるようにして、あたしは縁側にべたりと倒れる。ふんわりと香るのは雨と畳の匂い。庭はとても静かで、蛙も蝸牛ももう居なくなっていた。
「雨、やんだな」
シカマルの低い声に返事をする事はない。握りしめていた駒を床に放ったあたしへ彼が手を伸ばした。
「ほら、外行くぞ」
「なんで…」
「デート、じゃねぇけど…」
照れ臭そうに言ったシカマル。夕陽に照らされた彼の横顔が眩しくて目を細める。その手をゆっくりと取って、あたし達は縁側を後にした。
2015.08.25
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