愛を込めて花束を-黄瀬涼太-

□揺ぎ
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真っ暗なのか、真っ白なのか...はっきり言うとよくわからない。


心は闇を見て真っ暗なのだろうけど、頭の中は思考が止まってしまい真っ白といったところか。








「」



意識の定まらない中で、俺はなぜか聞こえるはずもない他者の声にすがっていた


ぼんやりとした視界の中で幻覚なのかどうかわからない他者がいる


視界に入る他者の口は何か言葉を発しているようだが、今の俺には理解できない



が、硬直していた身体から徐々に力が抜けて、呼吸がだんだん苦しくなくなっていくのが確認できた



そのまま俺は、息をゆっくり吸ったり吐いたりを繰り返しながら目を閉じた






呼吸のペースが普通に戻る。

脱力した身体はやけに重く感じられた。

瞳が異常に潤っているのを承知の上で、黄瀬は目をようやく開けた。



初めは焦点が定まらず泳いでいた瞳が、徐々に一人の人物を捉える。











「あ...んた...」


「おはよう」



相変わらずの緩い二つ結びの髪に、ジャージを着ている彼女。



「...俺、一体...?」


「...ちょっと過呼吸起こしたみたいね、もしかして人生初だった?」


「過呼吸...」



なるほど、いつもは見ているだけの自分がとうとう起こしている側になったか




落ち着いて間もないため、黄瀬の思考はまだ上手く回っていないようで言葉を発するのを止めた。


彼女もそれがわかっているかのように、黙っていた。




沈黙が流れる。





黄瀬はぼうっと目の前に広がる見慣れた天井を見た。


ちらりと少し横を見れば、天井と一緒に映る彼女の顔。






(...ん?あれ?)


そして、今更ながら床に付けているはずの頭が痛くないことに気付いた。


頭の位置が少し高く、身体が一直線に置かれていないことがわかった。














「...膝、枕...?」


ポツリと出た黄瀬の言葉が沈黙を壊した。



「...寝心地はいかが?」


肯定系の意味と、逆に質問を含めた返事が返ってきた。



ドクンと黄瀬は自分の心臓が跳ねたのがわかった。

彼女に聞かれてないだろうかというほど、それは大きな音だった。





「やっぱ男の子だね、受け止めた時重かったや」


そうか、倒れたはずなのに後頭部に痛みが走らなかったのは...それと同時に俺を受け止めてくれたのか


...どっから湧いて出てきたのやら




「...いいんスか?俺なんかにこんなことして。
 つか、こんな特別ポジションを簡単に異性に許すなんてことするから...痛い目合うんスよ...」


やっとちゃんと顔を見て話せた嬉しさや彼女の温かさを感じたはずなのに、口から出てきた言葉は嫌味っぽい。


そんな自分が、嫌になった。




「ふふっ、何よ?
 今更『俺なんかに』なんて」


見透かされているのだろうか。


つくづく嫌な女の子だと思った。





「...今日の試合、どんな感覚だった?」


「今日の試合?」



急に話題が変わったことが気になったが、黄瀬は素直に答える。



「そうっスねぇ...青峰っちの爆弾発言にはちょっと困ったっスけど、みんなそれなりに頑張ってプレーして優勝したし...」


「黄瀬、あなたの感覚を聞いてるの」


「あ、俺?
 結構調子良かったんスよー。
 なんかこう...いつもの倍の力が出たというか...


「楽しかった?」



彼女の言葉を最後に、再び沈黙が訪れた。









「......わかんない、ス」



やはり沈黙を破ったのは彼。



「...そっか」



困ったように黄瀬に笑いかけた彼女の顔には、どこか悲しみがあった。



「...優勝、おめでとう」


「...はい」














―――今思い返せば、俺にとってはこれは序章だった。


でも、彼女はすでに体験していたのだ。
そして、彼女は繰り返し始めた。

『彼女のバスケ』の崩壊の音が、本人には聞こえていたのかもしれない。









「...助けてくれて、ありがとう...莉叶」


「...やっと、名前を呼んでくれたね」














to be continued


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