Novel

□多分もう二度と君のことを思い出したりしないし、
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知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。
けれど本当は懐かしいわけなんかなくて、僕はこんな所来たことがあるわけではないことは、重々承知していて、
そして、
ふと懐かしくなってしまった理由もなんとなく想像はついていた。

少しだけ似ていたのだ。
僕らが通った、あの道と。
いま思い返せば人生で一番世界が美しかったあの頃、人生で一番恋い焦がれた人と通った、あの道と。
 
別れを告げ、告げられたあの道と。

多分僕らは若すぎたんだと思う。
「知念がいなくなったらどうしよう」って不安そうに僕を抱きしめる裕翔のことが、とても好きだった。
心中するしかなくなっちゃうじゃん、そういうこと言わないでって、背中に裕翔を感じながらくすくす笑うことが、本当に好きだった。

慣れたふりをして重ねた唇も、
ぎこちなく、不器用に足掻きながら必死で重ねた身体も、全部全部だいすきな宝物だった。

けど、求めすぎて、求められすぎたあの関係に別れが来ることは、必然かつ自然で。だから実は、お互い察しは付いていたんだ。

―単純な話だ。おとなになった僕らはもう、ひとりで、生きていけた。

高校を卒業して二年目、ふとふたりで母校に訪れた帰りに告げられた別れは、決して悲しいものでもつらいものでもなかった。校舎内に顔を出すこともせず、ぼーっと周りを散策して懐かしんだあと、先に告げたのは僕だったか、裕翔のほうだったか。

「今までありがとう。
本当にだいすきだったよ。」

さよならでもバイバイでも、ましてやもううんざり、でもない。
きみのおかげで、一緒にいなくても良いくらい強くなれただけだ。
これからはちゃんと自分の足で歩いて行くから。
だけど、こころをまもる術を知らなかった僕のこと、ずっと抱きしめていてくれてありがとう。
そして、きみの痛みに触れていられたことを誇りに思うよ。

 お互いがハタチになった冬、僕らの恋は5年目を迎えることなくそっと幕を閉じた。


―震えだしたスマホと、液晶に表示されたマネージャーの名前が僕を現実に引き戻した。そういえば午後イチでスタジオに向かわないといけないんだった。ほら、僕は忙しいんだからね、感傷に浸ってる暇はないの!と自分を鼓舞して通話ボタンをタップした。どうでも良いけど新商品の液晶は大きくなる一方だなぁ。何を目指してるんだか。文句を垂れつつ最新機種の恩恵にちゃっかりあやかって、LINEで今の位置情報をマネージャーに送ったら五分後には行くと返信が帰ってくる。便利。

懐かしい感情を思い出させてくれた坂道を、写真に撮ってみようかなと思ったけれどなんだか女々しい気がして恥ずかしくなった。僕らしくもない。やたら画質の良いカメラ画面をスワイプして引っ込めた。

 裕翔じゃあるまいし。

あの大量の僕の写真、まだ持ってるのかな。今は何撮ってるのかな。そりゃ今でもたまに僕のことも撮ってくれるけどさ。この画質良いカメラ機能、裕翔が見たら喜ぶかな。
 
あれ、なんで僕また裕翔のこと考えてるんだろう。
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