Novel

□端から端まであいしてる。
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ドラマの取材があって、ほかのメンバーよりも遅れて控え室に入ると、なんだか空間が色めきたっていた。

うちの楽屋や控え室がうるさいのはいつもの事なんだけど、なんだろうこれは…
―祝福の空気?

「あ、ねぇ北斗!!」
早速俺に気づいた樹が、ニコニコ顔で近づいてくる。こいつの笑顔はなんだか眩しくて、目にうるさい、いや、顔は文句なしにかっこいいけれど。
何かを言いたくてうずうずしているみたいだ。含み笑いみたいな顔で俺を見つめた後、堪え切らなくなったのかついに口を開く。

「ねぇ!慎太郎が!!!連ドラ決まったって!」


…え!?
「うっ…そ!!すげぇじゃん!!」

びっくりしていると、慌てて顔を出した慎太郎が不満げに樹の肩を叩く。

「もーう!なんで先に言っちゃうの!?
俺が北斗に言いたかったのに!」
「いいじゃん!嬉しかったんだもん!!」
「樹が喜んでどーすんのよ」

なんだか普段のふたりと真逆みたいになってて、少し面白い。樹、よっぽど嬉しかったんだろうなぁ。

「先に樹に言われたのは気に食わないけど…。
そーゆうことだから!北斗!!まだ撮影始まってないし、放送は年明けてからみたいだからだいぶ後だけど、見てよね!」

「うん、ほんっとうにおめでとう慎太郎。頑張れよ」

だんだんとみんなが集まってきて、輪の中心には慎太郎。
みんながみんな本当に嬉しそうで。
何よりも慎太郎が幸せそうで。

「…っよし!!撮影!!いっちょ頑張ろう!!」
ジェシーが言った時、自然とみんなの拳が突きあがって。

あ、そうか俺いま嬉しいんだ、楽しいんだ、ようやく分かってちょっとだけひとりで苦笑した。


その日の会話の中心はなんと言っても慎太郎だった(あぁ、それは割といつもの事か)。
どんなストーリーなのか、とか共演者だとか、様々な話題で盛り上がる。
俺は普段割と1歩引いたところから見ているタイプだけれど、やっぱり慎太郎がメンバーのテンションを左右する。
要するに慎太郎が嬉しそうだと俺らも嬉しい。末っ子ってすごい。

案の定というかなんと言うか仕事の調子も順調で、いつもは押しがちな俺たちの雑誌撮影はとんとん拍子に進み、巻きに巻いて予定より30分早く終了。


高揚気分が冷めやらないまま各々帰路に着く。
樹とジェシーは飲みに行くらしい。この後予定がないと返してしまったせいで2人に未だしつこく誘われている京本を尻目に、俺と高地、慎太郎でそそくさと控え室を後にした。巻き込まれたくない巻き込まれたくない。

今日は俺だけが電車で、残りのふたりはそれぞれ車みたいだ。階段を降りながらも末っ子のハイテンションは止まらず、高地に絡んでは厄介がられている。高地、嫌な時は嫌って言っていいのよ。


「おー、北斗ー気をつけてねー!」
慎太郎が、駐車場に向かう2人と別れ、駅まで歩き出す俺の背中に声をかける。


『気をつけてねー!』
慎太郎は昔から、帰りが一緒になると別れ際いつも俺にそう言った。いい歳の男子(しかも年上!)に気をつけても何もないだろう、って最初の頃は思っていたけれど、毎回言われているうちに癖みたいなものなのかな、と感じている。

だから、この日も俺は、
はいはーい、と軽く手を振り返して。


この後に起こることのことなんか想像だにせずに。

「気をつけてねー!」
そう言った慎太郎の顔を、1度でも振り返って見ておくんだった、って、後で、後悔するとも知らずに。
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