Novel

□端から端まであいしてる。そのに。
1ページ/4ページ

最初、差出人を確認せず反射的に通知画面の文面を読んだ俺は、慎太郎かジェシーだと勘違いをしてトークルームにとんだ。樹からのLINEだったことに気づいたのは、トークルームに残っている前回の履歴が目に入ってからだ。

樹にしては稀に見るシンプルなメールだな、と少し思う。
慎太郎やジェシーは返信を急かしているようにも見える、必要最低限で短い文面が多いのだが、樹は案外、絵文字を多用して長めのメールを送ってくる率が高い。

「うん、行きたいけど…別に仕事の帰りに声かければいいんじゃん?」

どのみち、普通に仕事帰りに飲んだり、ラーメンを食べたりするメンバーに向かって、わざわざ前もってLINEで「飯行かない?」は少々不自然且つ不可解では無いだろうか、美味い店でも見つけてくれたんだろうか。

『いや、あのさ』

返信は直ぐに来て、

『2人で。』

田中樹は確かに、
その後に続けてそう送ってきたのだ。

なんたってわざわざ、そういうふうに、やはり少し違和感を感じる。
けれど俺がそれ以上の追求をしなかったのは、単純に、同級生からの久しぶりのサシメシの誘いに心を踊らせたからだった。

「わかった。予定合わせよ。」

そう返信したら、今度こそ樹らしい、絵文字の連打が帰ってきて、少し安心する。
さっきよりはだいぶマシな精神状態で眠りに着けそうだ、そう思いながら、ベットに移動して、目を閉じる寸前、おやすみ、と画面の向こうへ返信と共に微笑みかけた。



結局、仕事帰りだとなかなか予定が合わず、数日後俺は、オフの樹に個人仕事の現場まで迎えに来てもらい、一緒に飲みに行くことになった。

「…別によかったのに。どうせタクシーか電車だし、待ち合わせで。」
「車で迎えきてやれればよかったけど、ごめんな、飲みたいし。」
「…そーゆうことが言いたかったわけじゃない。」

女の子にやるようなことを平気で俺にもしてくるもんだから、会話を続けているとこっちが恥ずかしくなってしまいそうなので、遠慮はその辺にして2人でタクシーに乗り込む。

「窓開けるね。」

夜のいりぐちくらいの時間帯は、流れていく景色も、樹が開けた窓から少し吹き込む風も心地が良く、気を抜いたら眠ってしまいそうだ。

「…北斗、眠い?」
「…ん。」
「大丈夫、すぐはつかないだろうから。」

聞こえてきた声に甘えて瞳を閉じたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

車が止まって、目を覚ました。
「…悪い、寝ちゃってた…」
「大丈夫だって言ったでしょ。行こっか。」
暗闇の中で、樹が微笑んだのがわかる。

着いてみると、随分静かな場所だった。
事前に話し合って、チョイスしたメニューはしゃぶしゃぶ。洒落たバーも、高層ホテルのビュッフェも、会員制の高級焼肉店も本当はまだ不似合いなことを、俺たちは心得ていた。

半個室の店内で、居酒屋あるある、無駄に狭いテーブル、に向かい合って腰掛け、運ばれてきたキンキンのビールで乾杯をした。
樹はいつも、乾杯のとき1口飲むとジョッキを置いてしまう。俺は3分の1を飲み干して、ぶはっ!って勢いよく喉を鳴らす。

仕事終わりのしゃぶしゃぶは、密かにかなりチープな俺の舌を十分すぎるほどに満足させてくれて、さっきケータリングのお菓子を我慢できずつまんでしまったことなんかお構い無しに俺の腹に無限に入っていけそうだった。

「…うっまっ!えまって俺、こんなに美味い肉久しぶりに食った無理泣きそう……」

大袈裟に感動して次々と様々な種類の肉を口の中に放り込んでいく俺を、樹は向かいの席で、なかば苦笑しながら眺めておうおう、食え食えーと上機嫌である。

おつまみも思っていたより種類が豊富だし、凝ったものも多くてどれも美味しい。うちでも作れそうなものは写真を撮ってから食べていく。

「いやマジ!樹も見てねぇで食えって!」
「食ってる食ってる。」

「…あ、待って、焼酎!ずるい!!」
「お前ちょっと酔ってきただろ、コレ残りやるから。注文は我慢な。」
「よっぱらってない!じゅりのけちー!そんなやつには俺のサラダのトマトをお見舞いしてやるー!トマトはまずいんだからなー!!!!」
「…悪い、ちょっとじゃねぇな、だいぶ酔っ払ってんだろお前、大丈夫か?」
「だいじょうぶだから!!」

すごく久しぶりに、とてつもなくリラックスしてご飯を食べているなぁ、と、更けていく夜のなかさすがに酔いが回ってきてぼーっとしている頭で、ふわふわと思った。

「おいしいねえ!じゅり!!」
「はいはい、良かった良かった」


樹は笑って、焼酎をもう1回煽る。


「ねぇ、ほくと。」


ぐでーんと机に突っ伏し気味だった俺を、見つめて呼んだ樹が、
今までに見た事のない顔をして、
今までに聞いたことの無い声をしていた事に気づくのは、その10秒はあとのことだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ