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□いっぱいたべるきみがすき!
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「んー、ご飯?焼肉とか?」
「ごはんやだ!!!」

「パスタとか?ラーメンでもいいよ?」
「麺やだ!!」
「え…パン? 」
「……パンやだ。」
……普段何食って生きてるんだよ、と言いたくなるのを堪えて悩み困ったフリをした。もうとっくに俺の中の店のレパートリーは悲鳴をあげている。というか何食べるのかのレパートリーが限界を叫んでいる。


そもそも、なんでこんなことになってるんだ。
─雑誌の撮影が終わったあと、ドラマのインタビューを受けなければいけなくてスタジオにライターと残った俺を、なぜかメイクルームで知念が待っていた。
俺が帰ってきたことに気づいて、ケータイから伸びたイヤホンを片耳だけ外し、横に持って叩いていたそれを、ボタンを押してブラックアウトさせた。
「おかえり」
「……ただ、いま…?」
椅子から立ちあがった知念は、ぽかんと立ち尽くしていたせいでまだ衣装から着替えてない俺の元へ、つかつか歩いてくると、まるでそうすることが当たり前でもあるかのように告げる。

「ごはんいこ」

「……? な、んで?」

言ってしまってから後悔する。
やまなら、いちもにもなくいいよって言って、オシャレなレストランに連れていくなり、家に連れてってとんかつ揚げてくれるなりするんだろう。驚いた時に思ったことがぜんぶ口から出るのは俺の悪い癖だ。
にしても、知念が夕食の相手に選ぶには俺は少々役不足であることは否めなかった。普段外食はあまりしないからそんなにお店を知っている訳でもないし、俺は料理はできない。

フル回転する俺の右脳と左脳を他所に、知念の答えは至ってシンプルだった。

「……おなかへったもん。」

―いや、そーゆうことじゃなくて、というツッコミはなんとか飲み込んだ。知念がおなかへったと言えばおなかへったのだ。その位は流石に心得ている。
一緒にスタジオを出た俺たちは特に店のアテもなく歩き始めた。東京銀座。金曜日。何が好きで知念はこんなゴールデンタイム中のゴールデンタイムに煮え切らない男(仕事仲間)と過ごしているのか。


「んで、何食べる?」
言った答えが、また俺を悩ませたわけだ。
困りきった俺に、ぼそっと知念が助け舟(?)を出した。

「……オムライスならたべる。」
「!!よしわかった。早急に行こうオムライス!」

近場のオムライスの店をせっせと検索しながら、そう言えばこの子はこーゆうところがあったなぁとふと思い出した。
最初っから今日はオムライスの気分だからオムライス食べたい、と言えばいいのに、いちいち会話一周しないとそこまでたどり着かない。なにが言いたいのか汲み取るのがいまいち難しい。
けど俺は、案外知念との会話が嫌いではなかった。謎解きみたいになってくるから難儀ではあるけれど、楽しい。そして、まわりくどいけど知念なりに頑張って伝えてくれた本心に、救われたことも一度や二度ではないのだった。

良さげなお店を見つけたので知念と2人、地図アプリを使いながら歩いていく。機械に強いのも地図に強いのも方向感覚が優れてるのも知念の方なので、そこから先はおまかせ。流石にどうかと思うが人には適材適所というものがあるのだ。


たどり着いた店は、階段を上がったところにあった。入口はガラス張りになっていて、階段から上がってきた俺らを見た店員が、いらっしゃいませ、と出てきて出迎えてくれる。
すごくスタイルのいい女の人で、自分より背の高いのが怖かったのか知念がすっ、と俺の後ろに隠れてしまった。着席するタイミングでようやくおずおず姿を見せた知念に、店員が微笑む。

「おすすめとか、ありますか?」
聞いて教えて貰ったものを、デミグラスソースとケチャップでひとつずつ注文する。
多少客がいるが、もう時間も遅いので混んではいない。キッチンが広く、れんがを基調にした綺麗な店内だった。外が見える大きめの窓があって、店内がオレンジの明かりで暗めなのもあって金曜の騒がしい銀座が映画の画面みたいに輝いていた。


「……あ、さっき、またせてごめんね。」
話題に困ってしまって先ほどメイク室で待たせていたことをおもむろに謝ると、「僕が勝手に待ってたのになんで謝るの」ってからかうみたいに笑った。
「ありがとうって言うのが正解でしょ。」
拗ねてるのか照れてるのか、視線を外してお冷に手を伸ばす知念が、それを飲み始める前に自分に言い聞かせるみたいに告げた。

「ありがと。待っててくれて。」
「えーじゃあおごりね」
「それは最初から知ってる」

2人で吹き出した時に運ばれてきたオムライス。
いい匂いがして、一気に空腹感が刺激された。

玉子焼きにナイフを入れると、とろってふわふわの玉子が溶けだしてケチャップライスを覆う。ビジュアルも相俟ってか知念がすごいすごいとたいそう喜んだ。
口に運ぶと確かにすごく美味しくて。クセのないデミグラスソースが玉子とケチャップライスをうまいこと口の中で溶かす。

「…おいしっ…」
口端にケチャップをつけた知念がこちらを見てへらーってわらった。

「……かわいいなぁ」
「なに急に」
「いや、だって可愛いから。」
「今更でしょ」
「そうだね」

今なら許される気がして遠慮がちに、俺は聞いた。
あるいは、もしかしたら。


「ねぇ、知念」

―なんで俺のこと待っててくれたの?

―もぐもぐもぐ。
……ごくん。

オムライスを飲み込んでじーっと黙った知念は、それでも次のひとくちを掬うことはせずに、まっすぐ俺を見た。うーん、ケチャップついたまんまだけど、まぁいいか。

「……なんでだと思う?」
「うーん、ひとりでかわいそうだから?」
「それもあるけど」
「周りに断られたとか?」
「僕に限って有り得ないでしょ」


―……あのね、急に思い出したの。
高校のころ、一緒におべんとう、食べたでしょ。

「僕ね、好きだったんだよ。裕翔とごはん食べるの。いつもよりおいしいから。」

「……」
「なんで黙っちゃうかなぁ裕翔」

知念は呆れたみたいな顔をして、何事も無かったかのようにまたオムライスを頬張った。美味しいね、って、上機嫌だ。

「なんかいいなよーちゃんと答えたでしょ。質問。
僕が恥ずかしくなってくるじゃん」

オムライスから視線をそらさず知念が不満を漏らすけど。だって、なんて言ったらいいかわからなくて。多分今、俺顔が赤い。


「…オムライス、うまいね。」

苦し紛れに慌ててかき込んで告げたら、うん、美味しいねって帰ってきて。
なんだか気に入ってしまって2人でしばらくそれを繰り返しているうちに、お皿が綺麗になった。


「っあー美味しかった!!!ごちそうさま!!
おなかいっぱい…んじゃ僕先出てるね!」

あまりにもあっけからんと会計を丸投げするので苦笑しながら、伝票を掴んでレジへ向かう。入って来た時に案内してくれた店員がカウンターに出てきて俺が差し出した伝票を受け取る。
ふと、レジを打ちながら、店員が少しだけ笑った。
そして、レシートと共に俺へ伝票を渡してきたのだ。

「……え、伝票…」
「どうぞ。それがないと多分困るんじゃないかと思うので。
もし良ければまたいらしてください。おふたりで。」

クーポンならレシートにでも付けてくれればいいのに、と、返してもらった伝票をもう一度きちんと見たら、裏に覚えのない文字が書いてあるのが見えた。

ひっくり返してみると、知念の字で雑に書かれている、その文が俺の目に飛び込む。

「あんまり待たせると嫌われますよ」
おかしそうに店員が、外の知念を指さして言う。
「ごちそうさまでした。また来ますね。」
返して俺は、急いで出口へ向かった。


一緒に食べるごはんが美味しいこと。
向かいできみがごはんを食べていると嬉しいこと。
おいしいね、って呟いたらおいしいね、って笑い返してほしいこと。
お腹がいっぱいになったら食べ過ぎたねって言い合いたいこと。

―いつか、この空間と感情が「何か」なるかも知れないって、期待してしまう自分を、許して欲しかった。


「また一緒にごはん食べる券
(※僕の機嫌がいい時のみ有効)」



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