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□びーまい、〇〇
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「…え?振られたって何。」
「いや、だから彼氏に。つい3日ほど前に。」
「待って待って待って、サプライズが渋滞してるんだけど。」

世間は、バレンタインデー。
…なんと言うか、ただの会話の延長線上だった。こう…流行りのチョコとか詳しそうだったし。まぁ、彼女いるのかを探る腹の裏も、少しはあったけど、

…んにしても、ここまでヘヴィーなのは予想してなかったなぁ…と、目の前で春雨スープ(そこも実はさっきからちょっとつっこみたい。OLではないのだから焼肉弁当くらいがっついてくれないとなかなかに腑に落ちないものがある。あ、でも坦々味だ。辛いの平気なんだ。意外。)をするする啜っている齢にして二個下の後輩社員くんを眺めた。

この社員くん、仕事はできるけど少し引っ込み思案かつ人見知りなところがあって、俺は何となく守ってやらなきゃって気持ちに、勝手になって、いつの間にか勝手に好きになってた。

「…知念、くん…って…その、男が好きなの?」
「んー、特に特別そういうわけでは。強いて言うなら、僕のこと好きで、ご飯食べさせてくれる人が好きです。あぁ、あと別に、知念でも侑李でも良いですよ。」

…やっぱり何を言われているのかちょっと思考が追いつかない。
「…は?」

「あーっ、もう!だから!男か女かは!正直どっちでも構わないです。どれくらいお金もってて何食べさせてくれるかの方が大事です。敢えて苦手な人あげるとすれば下心丸見えなのとすぐに体触ってくる人くらいです。」

うっ、そぉー…という気持ちで、ペットボトルのお茶に口を付けた。うわぁそうこうしてたらせっかくコンビニで温めてもらってきたのにお弁当冷めちゃうよ。

こっそり君のことが気になってる、なんて言える状況では到底なくて、でもあっけからんとずはずば爆弾発言を繰り返す知念くんを前に、恋愛に関して俺にほんとうに何も隠してないんだろうしこれはこれでワンチャンあるってことなんじゃないか、とか謎に若干の可能性を見出してみたり、心中が忙しい。

けど、バレンタインを目前にして彼氏と別れた、という状況とその情報自体は、チャンスなことに変わりはなくて。

「ねぇ、どうして?」
「何がですか?」
「ほら…何が気に入らなかったんだろうね、って…
知念くん、可愛いしデキるし…あと、これ言ったらなんか自慢にもなるからあれだけど、人に言うのが恥ずかしいレベルの会社って訳でもないし、知念くんだって同い年でいえば割と高給取りでしょ?」

あぁ、と小さく呟いて、知念くんはもう具を食べ終えた春雨スープの汁を啜った。辛くないのかな。

「…かわいくない、らしいです。」

あまりにもサラッと言われて、こちらが面食らう。

「……マジでそれ言われたの」

「はい、なんか…なんて言うんでしょうね?
かわいくない、って言うよりは…『可愛げがない』に近いのかな、とは思いましたけど。」

そう言われてみれば、確かに言っていることはわからなくもなかった。

仕事はできる、頭はキレる、このチワワやポメラニアンの擬人化みたいな見た目に反して、思考は存外に冷静で隙がない。
知念くんは顔は可愛いけど、確かに世間一般で言う「少女漫画のヒロイン」的な可愛げがあるかと言われればそれは少し違うのかもしれない。

「まぁ、女の子じゃないしなぁ僕。」

ぼそっと知念くんが呟いたひとことが、全てと言えばその通りなのかもしれない。
多分その男は、知念くんに「可愛い彼女」でいて欲しかったんだろう。

まぁ顔が可愛いから仕方が無いのかもしれないけど。俺は「可愛げ」がない知念くん好きなんだけどなぁ。

「…じゃあ、バレンタインは今年は、あげる予定ももらうアテも無いのか。」
「無くなりました、ね」

言って知念くんは今日初めて面白そうに少し笑った。

「せっかく、練習したのに。」
「…え?」


「チョコレート、
バレンタインだから、って、1月のまんなかあたりから練習してたんですよ、これでも僕。
料理できないけど、友達に教えてもらって。」


その時の笑顔が、あまりにもせつなくて。
もう俺は、途端に、自分のなかで膨らんでた思考を留めておくことが出来なくなってしまった。

なんで、そんなこと言いながらそんな顔すんの。
お前をそんな気持ちにさせるやつ、どこの誰なの。

―俺じゃ、ダメなの。ねぇ。知念。

「…あるんじゃん、『可愛げ』…」

ごめんな、何も知らないでいて。
なんでこんなに可愛い奴に向かって、可愛げがないだなんて言えただろう。

かわいいよ、可愛くてたまらないよ。

「何か言いました?」
もう普段の口調と表情に戻って、俺の顔を覗き込んだ知念くんに意を決してひとつ提案をすることにした。

「ねぇ、おれも年明ける前に彼女と別れたんだ。」
「…はぁ、」


「…あのさ、欲しいんだけど。
侑李から、バレンタインチョコ。」

何を言われたのかわからないって顔で、ぱちぱちと長いまつ毛を従えて何度かまばたきをする知念くん。

もうなんだか気持ち的には、自分がチョコレートを欲しい、という思いだけじゃなくて、俺なんかでよければこの子のバレンタインが、どうにか報われて欲しい、なんて切実な思いが込み上げてきていた。


「…バレンタイン、過ぎちゃうけど。
今日持ってきてないし。」

そーゆうことをいちいち気にするあたりとか。

「うん、いいの。
1日遅れでも2日遅れでも、一週間遅れでも。
俺は、侑李からチョコ貰いたいの。」

呼んだ名前に、頬を赤くするところとか、
いちいち本当に可愛いな。
やめなよ、期待しちゃうじゃん。



―『毎日コンビニ弁当じゃないですか、早死にしますよ。』

翌日、昼を食べ始めた時に後ろから声をかけられて、
振り向くと、視界いっぱいに―ほぼほぼ顔面に押し付けられたからなのだが―、ピンクの袋でラッピングされたガトーショコラとチョコレートクッキーが飛び込んできた。

想像以上に可愛いラッピングと、柄にもなく(似合うは似合うのだが)ハートマークに型抜きしてあるクッキーに、つい目を細めてニヤニヤしてしまう。

「…あの、昨日も言ったけどあんまり料理しないんで…美味しくなかったら遠慮せず捨ててください」

少し恥ずかしそうに、視線を合わさないまま告げた知念くんを横目に、モールを解いて口へ放り込んだ。

「うん、美味しい!!!!」
「ちょっと!恥ずかしいんでいい加減にしてください!」

…甘ったるい、恋愛の味がする、って、恋愛経験が豊富な訳でもないのにそれっぽいことを思ってみる。
知念くんがこれを、俺だけの為に作ってくれたと思うと、もうなんか小躍りでも始めたい気分だ。

心底、良かったと思った。
知念くんのことを傷つけたどこかの誰かに、こんないい思いをさせる訳には行かない。

冷めちゃうじゃん、とぶつくさ言いながら隣の席に座って春雨スープ(また?)をつっつきはじめた知念くんの横顔を、ぼーっと眺めた。

「ねぇ、ありがとうね、残りも大事に食べる。」
「まぁ、GODIVAで勘弁してあげてもいいですよ。」

視線に気づいたのかこっちを向いて、知念くんがにやっと笑った。

「うーんっと、ホワイトデーの話してる?」
「それ以外何があるんですか」

…、言ったな、


『お前ちゃんと、空けとけよ、ホワイトデー。』
「…っっつ!」


―ねぇ神様、
ハートマークのクッキーに、微かな期待を持ってしまう俺は浅はかなのでしょうか。

あと、出来れば早急に、GODIVAのオススメ、教えてください。



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