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□ひとりごと(後)
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「樹と付き合うことになった」

北斗から、いつもの居酒屋に呼びつけられたのは一週間ほどたってからのことだ。
俺よりも先についていた北斗は、二人分の飲み物がそろい乾杯を終えると、恥ずかしそうに、それでいて幸せそうに微笑みながら、小さめの声で俺に教えてくれた。

思っていたよりもあっさり訪れたその瞬間は、覚悟していたよりはずっと静かで、無味無臭だった。

目の前にいる、俺の好きな人には、「好きな人」じゃなくて、
そう、「恋人」がいる。

なのになんで、俺は今でもこんなに、まるで何も終わっていないかのように北斗のことを好きだと思ってしまうのだろうか。何かのバグか。

「ありがとうね、ジェシー。」

そう告げる北斗は、相変わらずきれいだ。信じられないくらい。信じたくないくらい。

「あぁ…良かった。」

ようやく口を開いたおれに安心したのか、うん、って言いながら、にこにこで向かい側に座る俺のひじのあたりに触れる。

「乾杯しようか。」
「…いいよぉわざわざ…さっきしたじゃん。」

いいながら嬉しそうじゃん。
ジョッキを掲げてやると、律義に両手を添えて、自分のジョッキをかちん、とくっつけて、なかのハイボールを煽る。
俺の気持ちも知らないでさ。


こう二人で向かい合っていれば多少面白くない気持ちにもなるけれど、不思議と気分は悪くなかった。どうしてだろう。

むしろ、いつかの焼肉屋よりも、お酒もご飯もおいしく感じられた。



『北斗からジェシーのこと聞いた。 
あの時はありがとう。』


律義だなあと思う。
俺のLINEの通知を鳴らしたのは、樹。

だから大丈夫だ。
きっと北斗は、幸せになる。
やっぱり少しだけ悔しいから、本人にそんなこと、言わないでおくけどさ。
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