さんぶん
□土曜昼下がりのコーヒーとキス
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いきなり告げられた一言。
・・・驚いた。
「っえええ?ウソでしょ?お前飲めないの!?」
珍しくオフだった土曜の昼下がり。俺の家にこだました、半分叫びとも呼べるほどの驚愕の声。
「うん、僕飲めないよ?って言うかあんな苦いモノどうやって飲んだらいいか見当つかないよマジで。」
吐き出される知念の台詞を聞きながら必死で記憶をたどるが、確かに今まで知念がブラックコーヒーを飲んでいるところなんて一度も目にしたことが無かった。
「え?むしろ涼介飲めるの?」
「…飲めないんならなんでウチにバリスタがあるの?いまどきブラック飲めない成人男性のほうが貴重だからね?」
「おっ、やったー!!!僕稀少価値じゃん!高く売れる?」
「売れません!売れるかもしれないけど売らせません!!」
「ちぇっ!母親かよ!」
コポコポと音を立てるバリスタからは、コーヒーの良い匂い。
キッチンのカウンター越しにソファーへちょこんと座る知念を眺める。
ー畜生…憎まれ口叩いても可愛いなコイツ…売らせるか馬鹿!
「なんで?涼介は僕に飲めるようになってほしいの?」
不意にこちらを振り向いて質問した知念に、別に、と言いながら首を振った。
…コーヒーブラックで飲めない…可愛いじゃねぇか、なんて思ってても言ってやらない。
「あ。でも、涼介が淹れてくれたら飲めるかもよ?」
…とたんにあざとく引きあがる口端を見て確信する。
コイツ、自分がコーヒー飲めないネタ使って俺で遊んでやがる!
「…馬鹿か。さっき一瞬可愛いと思った俺の思考返せ!」
「えー淹れてよぉ!」
「あー解ったわかった!淹れてやるよ!飲めなくても知らねーかんな!」
俺の分と、知念の分。
二つのマグカップにコーヒーを注ぐと、トレーに乗せてダイニングまで運ぶ。
「おーいい匂い!」
嬉しそうに弾む知念の声に、思わず俺も笑顔になった。
しかし、
両手で包み込むようにマグを手にし、ゆっくり口に運んだ知念の表情は、案の定歪んだ。
「…。やっぱり無理でしょ?無理しないほうがいいと思うよ飲めなきゃいけないモンでもないし。」
慌てて言うが、知念は強情に首を振り続ける。
「飲むの!飲みたいの!!」
何口か飲み下しては苦さに悶絶しつつ、一生懸命カップの中身を減らしていく様子は、それはそれはもう可愛らしくて。
正直コーヒーなんてここまでにして抱きたいと、理性が壊されそうなのを必死にこらえた。
なんとかコーヒーを飲み干すと、ドヤ顔で俺を見つめた知念が呟く。
「…苦い。二度と飲まないわ。」
「だから言ったろ。無理だって!」
「だって飲みたかったんだもん…。
涼介に、コーヒー淹れてもらいたかったんだもん…。」
「…。」
「…。」
その台詞は、俺を硬直させるには十分すぎて有り余る。
無論もともと理性がなよっちい俺なんて…
完璧にノックアウト。
「…またからかってんのか。」
「そう思うんなら思っててくださいバカ介!」
疑ってつい問うけれど、
知念の顔の赤面具合が、すべてを物語っていた。
「な、今すっげーお前のこと抱きしめたいんだけど。」
ダメ元の提案は、思っていたよりあっさり受け入れられて。両手を広げて俺を見上げる知念を、多少強引に抱きしめた。
「ちょ、痛いっ!バカ介!」
「うるせーよ。こーゆーときにはグダグダ言わない!」
なんて言ってみても、知念が素直に聞くはず無いことなんて解っている。
「苦いの飲ませたんだから責任取ってよ!」
「てめえが飲むって言ったんだろ…。」
「はいはい黙って!いいから責任とりなさい!」
「っ!何言ってんだよお前!」
言いながら抱きしめている知念の顔を見た俺は、無意識に生唾を呑み込んでいた。
瞳は閉じられ、小さく唇が突き出されている。
…そう、例えるなら何かを、待ちわびているような調子で。
「口直し。
今度は甘いの食べさせて…。」
「お前…。
どうなっても知らねーぞ!」
「ふふっ!どうなってもいいから言ったっては 思わないの?」
「煽んな馬鹿」
相変わらず生意気に可愛くない口を利く、俺の好きな人。
「−んな生意気なこと言ってっと塞ぐぞ。」
唇を重ね、舌を絡めて知念の口内を少しずつ支配する。
「っ…んっ…。」
漏れる声と、垂れる唾液。
バカみたいだ。俺今、これ以上ないくらいに興奮してる。
「いきなり深い方とか涼介のえっち!」
「雰囲気壊すな!
って言うかここまでやらせてんだから前言撤回しろ!」
「え?前言撤回?なにを?」
「…。
俺は母親じゃありません!」
「あー財布?」
「違うだろっ…っ!」
「えーじゃあ涼介は僕のなんな訳?」
「言わせたいだけだろお前!
じゃあいいよ言うからな俺!
俺はお前の…
知念侑李の…彼氏です!」
「…了解。
前言撤回しとくわ。」
少し苦くて。
溺れたいほどに甘い。
そんな、土曜昼下がりのコーヒーとキス。