さんぶん
□青はブルー。
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夏は、嫌いだ。
暑いし、なんか身体だるいし、
野菜いっぱい出てくるし。
まぁもちろん、春は夏で花粉が飛ぶから嫌いだし、最近はギリギリまで暑ければ急に寒くなるから秋なんかあるのかすらも怪しいし、冬は寒すぎて外に出る気にならないから嫌いだけど。
さて、そこで俺の恋人である。
「ふぉーぅ!楽しみだね!!」
上機嫌で車のハンドルを握る、根明…を超えてパリピ陽キャの恋人―ディスりすぎたはしもっちゃんごめん―は、春は花見ができるから好きだし、夏は海が世界一好きだから好きだし、秋は気温がちょうどいいのと紅葉が見れるから好きだし、冬はウィンタースポーツとコタツが与えられるから好きだ。怖い。怖すぎる。どうやったらその思考に至れるんだ。
俺ははしもっちゃん改めパリピ陽キャが運転する、クーラをがんがんに効かせ海岸へ向かおうとしている車の助手席で、目を伏せたままシートをがたっ、と倒して、タンブラーの冷えたスポーツドリンクを飲み込んだ。
「ねぇ…ホントに行くの?」
「え?今向かってるじゃん」
何いってんの?と言う様子でこちらを向いたはしもっちゃん改め以下略、はご丁寧にサングラスまで掛けているパリピっぷり、本当に嫌になってしまいそうだ。
誤解のないように言っておくと、橋本涼のことは嫌いではない。もう付き合っていて今更だから開き直って言ってしまうけど、なんならかなり好きである。ただ、泳げない俺を半ば引ずるように「やっぱり夏だから海デートしとくべきでしょ!!」とかほざきながら休日朝っぱらから外出させた罪はでかい。デカすぎる。馬鹿かよ。馬鹿なのは知ってるけど。
「おれ…はしもっちゃんのことまあまあ好きだけど、強引すぎるところは玉に瑕ってやつだよねぇー」
ぼそっと、半分眠りにつきながら言うとはしもっちゃんは何故か嬉しそうに声を弾ませて俺に礼を言った。
「え?マジで?ありがと」
「…褒めてねぇ…けど…」
「好きって言ったじゃん」
「……」
順番間違えたな。
そうこうしているうちに、―とまぁ、半分くらいはウトウトしていた訳だが、なんでかんで渋滞もなくスムーズに車は進みいつの間にか目的地へと到着していた。
「ほら、着いたよ」って優しい声と一緒に控えめに揺られて、
目の前にはただ、海が、広がっていた。
まばらな海水浴客、家族連れ、カップル、女子中学生。海パンとビキニ。スクール水着。サンダル。
それからお誂え向きに海の家、アイスクリーム。
遠くに防波堤。もっと遠くに、出来の良すぎる水平線。空、今はねたのは多分、魚。名前は知らない。
青、と、それから、あお。
どうせはしもっちゃんのことだから江ノ島に行くつもりだろうと踏んでいた俺は、あまりにも純度の高い「海」に、若干面食らってしまう。まぁ確かに、江ノ島デートは去年の秋ころ一度行ってはいるのだけど…ここは……
「…きれい、て、か…ここ、どこ?」
ぼーっとした頭で問うと、はしもっちゃんは少しだけ笑って、しずおか、って言った。……静岡!?
「―しずおか!?なっ……!!えっ?」
神奈川県民が「海」って言ったら、江ノ島か由比ヶ浜って相場が決まっている。
「…ごめん、車ずっと運転させて…」
「良いって。てか、どこ行くか言ってなかったから、今の反応ちょっと期待してた。寝ててくれてよかったよ。」
「…っ…ちくしょう…イケメンかよ」
「いまさら?」
余裕げに笑うから腹が立つ、
散々文句言ってたくせに、目の前に広がる海を見たらテンションが上がってる自分にも、やはり少し腹が立つ。
「…悪くないでしょ?夏も海も。」
キーを捻ってエンジンを切り、サングラスを外しながらもう一度こちらを向きなおって言った橋本涼が、新鮮なくらいかっこよくて、最早ちょっと焦る。
悔しいけど、これは俺の負けだ。
一刻も早く、窮屈なスニーカーを脱ぎ捨ててビーチサンダルに海パン、半袖パーカーで走り出したい欲望に胸が鳴るのがわかる。
なんだ、なんなんだよ。もう。
「…うん、なつ、すきになりそう。」
え、もう?ってきらきらした目をしたはしもっちゃんが、また少し、笑う。
「…アイス食べたい。ビーチボールもしたい。早く行こう。」
「……瑞稀がそんなノリノリなんて…」
驚くなよ。なんか恥ずかしいじゃん。
「でもさ、瑞稀と海とか、うれし。」
それは本当に恥ずかしいから、ガチでやめて。
俺だって本当はわかっていた。
暑くてだるい夏も、寒すぎる冬も、花粉を恨む春も、すぐに去ってしまう秋も。
「…はしもっちゃん、いるから。」
「え?なんか言った?」
「―なんでもないよー」
…なんて、らしく無さすぎるし。
きっと調子に乗るから、言ってやらない。
「溺れたら助けてやるよ」
「おいバカにすんな。」
「ねぇねぇ、俺はいいとしても…瑞稀はやけたら事務所に怒られるかな?日焼け止め塗っとく?」
「……いいんじゃん、真っ黒になってやろうぜ。」