松村せんせいの問題

□[1]エンカウント
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「ぜっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったいにいやだ、嫌だって、」

俺の発した「つ」の量から、本気度は察して欲しい。


「嫌だよ!家庭教師なんて!!!」

「いやって言ったってあんた…塾行くのはもっと嫌がったし……どうすんのよこのテスト!」


怒ると鬼怖いかーちゃんに、赤点のテスト(氏名欄には俺の名前)を掲げられながら言われると言葉につまる。―とかく俺、森本慎太郎高校二年生は、勉強というものが苦手である。

「…まだ2年生になったばっかりだし……3年になったらちゃんとやるから…部活も忙しいし…。」

「…なんて言うか、進研ゼミの漫画に出てくるダメな方のやつの典型みたいなセリフだな」

2回から降りてきた大学生の兄貴まで俺にお小言。

部活忙しい作戦も、3年になったらやるから作戦も不発に終わり、兄さんまで召喚された俺は最早為す術なく不満げに頬を膨らませる他なかった。



かくして、4日後。
「今日は先生来てもらうから!授業あるかは分からないけれど、あんたも会いたいだろうから早めに帰ってきなさいね!」と、念を押された俺は部活帰りに誘われたメンチを後ろ髪をひかれながら泣く泣く断り、お腹を空かせて家へと早めに帰って来た。

先生はまだ来ていないみたいで、母さんは夕飯の支度をしていた。

2階に上がり、荷物を片付けていると、部屋のドアが2回ノックされ、兄貴が入ってくる。

「お前ちゃんと部屋片付けとけよー」
「はいはい、まったく…俺は嫌だって言ったのに。」


文句のひとつでも言ってやろうと兄貴を振り返ったら、何だか上機嫌でニコニコ…というかこれは…にやにやしている。

「まぁ、そう言うなって。お前まだ会ってないだろ」
「えっ、会ったの?」
「俺大学一緒なんだよ。喋ったことはねぇけど。」

まさかの展開に、驚いて詰め寄った。
できれば…いや、頼むから、美人でグラマラスな茶髪ロングのちょいエロ女子大生!を!
それくらいのことを主張する権利くらいは、俺にだってあるはずである。メンチをけった代償はでかい。

「なぁ、どんな人?」

俺の質問に、ちょっと考え込んで兄貴は簡潔に答え、それ以上の情報はいくらせがんでも与えてくれなかった。…と言っても、結構直ぐに先生が来る時間になってしまったせいで、そこまで引きずる程の時間もなかったのだけど。


『…好みかはわからないけれど、期待はしていいと思う。』



ウワサの先生は、約束の7時ぴったりに俺の家の呼び鈴をならした。
母さんと一緒に玄関に出て、扉をこちら側から開くと、遠慮がちに玄関へ足を踏み入れる。

「あっ、お世話になります、松村と申します。
…そちらが…慎太郎くん、かな?」

母さんは口をパクパクしてびっくり。
ちなみに、俺はちょっと安心、少しがっかり。


なんと、俺の家庭教師たるその人は、
すごく頭の良さそうな、
そして何よりも、とてもイケメンな―母さんが口をパクパクさせるレベルの―男子大学生だったのである。



名前は松村北斗。
学部は法で、専攻は刑法。
好きな食べ物はラーメンらしい。未だに初対面の人につい聞いちゃうんだよな。やっぱり食べ物って大事よ。
パッと見だと人を寄せつけなそうな塩顔だけど、笑うと目が細くなって親近感と好感が持てた。

もう母さんはイケメンが来たもんだから大はしゃぎで、俺の部屋に案内することもせずにケーキと紅茶を出してずっと引っ捕まえて離さない。まぁ、気持ちは分かる。俺も初めて見た時少しドキッとした。
兄貴のセリフからしててっきり女の先生かと思っていたからそこは残念ではあるけど、イケメンのお兄ちゃん先生に教えて貰えるなら兄貴が増えるみたいで万々歳だし、さっきサッカーが好きって言ってたのも嬉しい要素。ネット観戦でも一人で見るのは寂しかったりするし、一緒に見れたりしないかな。あんまりスポーツするタイプには見えないから見る専っぽいよな。

「今日はどうするの?授業していきます?」
「もしお母様がご覧になりたければ、とは思っていたんですが、特にご希望でないようでしたら今日は少し、勉強はしないので慎太郎くんとお話させていただいても宜しいですか?」


松村…先生、の提案(と、母さんへのキラースマイル)に従って、2人で2階の俺の部屋へ。几帳面そうだから、片付けしておいてよかった。グッジョブ兄貴。
母さんは俺にコーヒー、松村先生に紅茶を持ってついてきて、俺にお盆ごと渡すとすぐに引っ込む。



部屋に入り、俺は勉強机の椅子へ、松村先生は俺が昨日持ち込んでおいた客用の椅子に腰掛けると、

途端に張り付いていた笑顔がすっ、と真顔になり、ワントーン声を低くして俺のマグカップをお盆から取り上げた。

「コーヒー頂戴。」

「え…っ、あっ、はい、あの」
「苦手なの。紅茶、俺。」
「はぁ……」

「あー美味い。
……てかお前、この間のテスト見せてもらったけど、ひっどいねアレ、何をどうしたらあんな点数取れるわけ?」


―今度は、俺が口をパクパクさせる番だった、母さんのことをバカにできない。
あまりにも、さっきまでの爽やか系イケメン男子大学生との落差がすごすぎる。来ている服も髪型も変わっていないのに、何だか別な人みたいだ。

「ちょっと、あの、キャラ…」
「うるせぇな、生徒の…しかも男の高校生の前でまであんなんやってられるかよ、悪いかよ、学歴は本物だけどほかはほぼ嘘だよ。」
「え、じゃあ好きな食べ物は…」
「麺だったら蕎麦の方が好きだっつうの。
あとはとろろ。納豆も好き。」
「渋くない?」
「自覚があるからキャラ作ってんだろ、察せよ。」

「じゃあ、サッカーが好きってのも…」

「…言っといた方が親ウケがいいんだよ。」

あからさまにしょぼんとした俺を見て、そういやお前サッカー部だったな、って言ってくれたから、悪い人ではないらしい。

「とりあえず、成績はあげてやる。その代わり、ちゃんと勉強しろ、宿題も出すからやれよ。聞きたいことは?」
「一緒にサッカー見てくれる?」

「……っ、はぁ…?一緒に…?」

俺の質問が意外だったみたいで松村先生は軽くのけぞったが、俺的には最優先事項だ、嘘だったのはショックだけど、多分悪い人ではない。口は悪いけど。どうせなら仲良くなりたい。母さんは松村先生のこと気に入ったみたいだし。

「…いや、お前…引かなかったの?俺のこと。」
「嘘つかれたのは嫌だけど、俺こっちの松村先生の方が好きだよ。」

これは結構ほんとだった。
爽やかじゃない方の松村先生は、あまり俺の周りにいないタイプというか、しゃらくさくないけれどはしゃぐタイプのノリでもなくて、話してて落ち着くし、楽しい。って言うか、あちらも俺みたいなタイプか周りにあまりいないのか、反応とか新鮮で、あの、

ちょっと、可愛い。


「……北斗な。」
「え、いいの」
「特別。
…しょうがねぇな、ちゃんと勉強してから誘えよ。あと、Jリーグじゃなくて海外サッカーがいい。」

ね!?ほら!こーゆうところ!!!
わざわざ下向いて言うし!顔は見えないけどサラサラの黒髪が堪能できるからいいんだ!うん!

「…なんだよ、ちゃんと好きなんじゃん。」
「うるせぇな」
「それ、口癖だよね、」
「…!!!!ホントにうるせぇな!!!!俺お前苦手!!!」
「えー俺は好きだよー」
「聞いてねぇし。」



母さんへ。
イケメン家庭教師、一癖も二癖もありそうですが、なかなか楽しくやっていけそうです。
あ、ちゃんと勉強はするので、ご心配なく。怒ったら怖そうだし。
ところで、次からはコーヒー出してあげてね。


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