松村せんせいの問題

□[3]ストラテジー
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「あの〜北斗先生?」

もう初めましての人はいないかな。俺の家庭教師で、大学生(兄貴と同い年)の、ギャップ魔王イケメン松村北斗先生、
が、先程から5秒ほど固まっている。

解けない問題に遭遇したわけでも、息を飲んで俺の回答を見守ってるわけ、でもない。
なぜなら今は、おやつタイムだからだ。

家庭教師にも一応コマというものがあって、英語は一コマずつだが数学は二コマ連続、その休憩では、俺の母親がおやつを出してくれることが多い。
今日のおやつはかぼちゃのクッキー…、なのだけれど。

「どうしたの?かぼちゃ嫌い?」

もう一度話しかけると、はっとしたように顔をあげてからクッキーを手に取って、北斗先生は言った。

「あ、いや全然。…ハロウィンなこと忘れてただけ。」

北斗先生がクッキーを口に運んだので、俺も一つ食べた。あまり野菜のお菓子は好きでは無いのだけれど、かぼちゃのものは美味しいと思う。
と、言うかこの人、今なんて言った?

「え?ハロウィン…?」
「なんだよ、10月31日だろ。かぼちゃ見るまで忘れてた。」
「…いや、なんと言うか。」

そう、別に忘れていたことに驚いたのではない。
非常に失礼だけれど、俺が意外だったのは…むしろ。


「―北斗先生、イベントとか、気にするタイプだったんだね」


たとえ忘れていたとしてもハロウィンだとか、そういうことに興味が無いタイプだと思っていたのだ。
もはやかぼちゃのクッキーで瞬時に思い出したことの方が意外だった。

「…悪ぃかよ…」

罰が悪そうな顔で少し俯いて、またクッキーを齧る北斗先生、あっ、照れてる。

「まぁ、仮装もお菓子ももうずっとやってないけどな」

いや、昔したことがあることが既に驚きなんですが、それは。うわ、でもヴァンパイアとか似合いそうだもんね。

上機嫌でおやつを満喫する北斗先生が、少しだけ可愛い。

男の人相手に、かわいい、とか。
つくづくハマってしまっているなぁ、と思ったり。

なんだか、最近自分でも自分がわからなかった。

実はゲイであるという衝撃の告白を(思わぬ形で)受けたのはもう多少前のことにはなるが、それ以来…いや、それを聞くよりも前から、俺はこの人のことが気になって仕方がなかった。
恋愛とも親愛とも違う感情、だと思う。
だって親愛というものはもっと安心に裏付けられていて、

恋愛というものは多分、もっとやわらかくてあたたかいものだ。

―だから、まだ名前は必要ない。


「あ、じゃあ北斗先生、トリック・オア・トリート。」

だから、まだ許されるはずた。
彼のことを好きでない俺にならまだ許されるはずだ。

「…は?」
案の定鈍い反応をする北斗先生に、ダメ押しでとりっくおあとりーと、と繰り返してみる。
深い意味は、なかった。と思う。ハロウィンだから、言ってみただけだ。

「…いや、だからさっき思い出したって言ったじゃん。お菓子とか持ってねぇや……」

「じゃあいたずらにする?」
「まて、やめろヤな予感がするマジでヤな予感がする。」

そう言って、何かねぇかなといいながらごそごそとカバンを漁り出す北斗先生、よく整頓されていそうなその中から、ふと思い出したみたいに、
なんと、チョコレートの箱が取り出された。

あ…あった、そう声を上げたのは俺だったか北斗先生だったか。

「…やるよ」

「え、いいの?」
「まぁ、俺買ったわけじゃないし…ハロウィンだし。」

クッキー貰ったしな、って雑に箱を押し付けてくる北斗先生。嬉しい、んだけど。

―北斗先生が買ったわけじゃ、ない?

「え…っ誰にもらったの…」
「…大学のやつだけど」
「男?」
「…あ、まぁ。」

目の前のなんだか高そうなチョコの箱と、北斗先生にこれを渡した人の存在が、何だか俺の胸をざわつかせる。
だって、北斗先生の友達だから、ハロウィンだからくれたとかじゃなさそうだし。
だって、この間彼氏いるのか教えて貰えなかったし。

「…かれし?」

口に出してしまってから、気づいた。
あっ待って、これ俺、いま相当ダサいかも知れない。

北斗先生は、キョトンとした目でこちらを見つめる。

口をとがらせながら渡されたばかりのチョコレートの箱を見つめる俺をみとめて、はぁーっとため息。

「とりあえず違ぇから、落ち着けよ。」

だって、彼氏いるのかまでは、否定しないし。

「…なーんだよ、イタズラできなくてご不満?」

そうじゃない。そうじゃないけれど。

―多分これは、この人をすきな人にしか、許されない感情だった。
それでも俺は、認めざるを得なかった。

「…なんか、面白くない。」

チョコレートを突き返しながら、ついに、小さな声で、でもハッキリと告げた一言。
回答が分からないときとよく似ている、俺の
―敗北宣言だった。

やわらかくもあたたかくもきれいでもないけれど。


これは紛れもなく、恋心なのだと。



「アッはは、じゃあイタズラ成功じゃん」

北斗先生、あらため俺の好きな人、は、
突き返したチョコレートを受け取りながら、
「―え?」
いい笑顔で、そう言った。

「…これ、お前の兄さんにさっき部屋来る前にもらったんだよ。今思えばハロウィンだから…もらったか、余ったやつだろうな。」

今度は、俺がため息をはく番だった。

「性格悪い…」
「えっ、今更?」
「だいたい、トリックオアトリート言ったの俺の方だし。イタズラしていいとか言ってないし。」
「あーもう分かった分かった、お前が勝手に拗ねたんじゃん…なんだよもー、ほら、お菓子はまたやるから。」

北斗先生からすれば大した事じゃないのかもしれないけれど、こちらは振り回されて大変だったんだ。イタズラにしては人の気持ちを弄びすぎている。
思いがけず自分の感情を1歩踏み進める羽目になってしまったし。
所詮俺は、この人に敵わないのだろう。永遠に。

「…やっぱりもらう。チョコ」
それなのになぜ俺はこんなに、にやついているのか。

トリックバットトリートだろうと上等だった。
認めてしまえばこんなに無敵なことってない。

「兄ちゃんにもらったんも気に食わないし。」

きょとん、ってした顔は、まぁなかなかに悪くない。

「…どーゆう意味」
「え、北斗先生にまかせる」

「せいかくわる…」

「俺をはめた北斗先生に言われたくないし。まぁ、ハロウィンだしね。」

せっかくなので封をあけ、ひとつもらってから北斗先生にもひとつ手渡した。
あ、美味しいねこれって北斗先生は喜んだけれど、俺にはちょっと、甘すぎるなって思って、思わずコーヒーに口をつけた。

「…そういえば、何の仮装したの?」
「えー?」
「前、仮装したことあるって言ってたじゃん。ヴァンパイアとか…?」
「あー…魔女。」

「え?」

「同級生が悪ノリしてドンキで買ってきたんだよ…なんかとんがりぼうしと…やたら短いスカートの……」

「待って、ストップストップストップ」
「なんだよ」
「過去をふりかえっても仕方ないので俺は前を向いて進もうと思う。」

宣言した俺に、い、いい心がけじゃないか…?と面食らってまたきょとん顔になった北斗先生のこと、あぁおれ、やっぱり好きだな。なんて。ところでこの人どんだけ俺をあたふたさせるつもりだ。隠し玉が多すぎる。

なんだかあらゆる面で負けた気になりながら、俺は机に向かいなおった。


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