松村せんせいの問題
□[4]イベント期間
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雪は今年は降らなかった。
北斗先生にそう言ってみようかと思ったけれど、なんか暖冬がどうこうとか、地球温暖化がどうこうとか言い出しそうでやめた。萎えちゃうよ『クリスマス』に、そんな返しされたら。
「あ、それ、そこ計算やり直してみ」
そう、今日は12月25日。
クリスマスだと言うのに、俺は例にもよってツンデレイケメンDD(男子大学生)家庭教師とお勉強中、という訳である。
受験生でもないのに…!と母親に文句を言ってやりたくなるのが息子心というところではあるが、正直なところさしたる問題は無い。なぜならクリスマスを一緒に過ごすべき相手は、今の俺には居なかったからである。ついでに部活も休み。学校は冬休みに入ったばかり。
早い話がクリスマスだからといって、特にやることも用事もなかったのだ。ならば勉強という苦行がついて回ることが不可避とはいえ、合法的に好きな人―北斗先生―と一緒に過ごせる授業のほうが、俺は良かった。
「ねぇー北斗先生、寒くない?コーヒー飲む?」
「うるせ、はよ解け。あ、寒いならひざ掛け使えよ。風邪ひかれて移されんのやだし。」
「…わかったよ…」
北斗先生への気持ちを自覚してからというもの、俺は何とかして北斗先生に近づけないか、少しでも俺の好感度を上げて好きになって貰えないか、と様々画作しているものの、究極的にこの人は、おれの成績以外にあまり関心がない。そもそも、4つ5つも上の男へのアピール方法なんて、俺は知らない。
ということで、かなりのお手上げ状態。ゲームセット。っていうか、コールド負け。
あの手この手が全く項を制さない、と言うより、目を背けてはいるものの「成績を上げて大学に受かる」以外のアピール方法が無さそうなところ、北斗先生の家庭教師として優秀なところであり、恋愛対象として厄介なところである。まぁ、その勉強も北斗先生に直接教えて貰えるだけ、まだ優しいと言えるのだろうか。
でも、とふと考える。
今日俺のところに授業に来ているということは、少なくても今日北斗先生にも予定は無いんじゃないか…?いや、これから出かける可能性も全然あるけれども、何となく性格として俺に授業した後に彼氏と会うようなイメージがわかない…ってのは、盲目すぎかなぁ。
「…ねぇー北斗先生、今日クリスマスだよ」
授業終わり、母親が出してくれたコーヒーをすすりながら、ダメもとで話しかけてみた。
立ち上がりかけていた腰をまた下ろし、少しだけ高い視点から感情を読み取れない目で俺を見つめた北斗先生。
「……言うと思ったんだよなぁ。」
そう言って呆れたように肩をすくめる。どうやらお喋りする体制には持ち込めたみたいだ。
「ねぇ、良かったの今日授業して。」
「どういうことだよ。」
「ほらあの……カレシ、とか。」
クリスマスなんてリア充の為のイベント、こんな辺鄙な住宅街の、男子高校生の一室で一緒に勉強だなんて。いくらゲイとはいえ、イケメンの無駄遣いだ。
「あー……もういいよ、否定すんのもめんどいわ。
…お前ほんっとしつこいな。わかった折れるよ。居ない。彼氏はここ数年。ついでに今日は昨日課題を出し終わったばかりで暇、帰省もまだ。以上。」
ぽんぽんと返された言葉に、さっと視界がクリアになる。ようやく、この人は今フリーであることを認めてくれた。その事に散々気をもまされてきた俺にとって、大きい進歩である。
「…やっぱフリーだったの、俺、結構気にしてたのに」
「そんなに?暇そうじゃん、見りゃわかんだろ。」
違うー!北斗先生なんか時々オトコの影がチラつくんだもん!!女子にも(恋愛感情を抱かないとはいえ)普通にモテそうだし!!!というかなんかアブナイ感じがするんだよ!!!!
―と、まくし立てたいのは山々もいい所だったが、本格的に怒られそうなのでうっ、と飲み込む。
「…じゃー俺と一緒だね。クリスマスを一緒に過ごすような人がいないし、暇だからバイト入れたわけだ。」
「…いや、そうでも無いよ。
俺ちゃんと、慎太郎とクリスマスするつもりだったけど。」
……返答は、意外なものだった。
えっどういうこと?と戸惑う俺を後目に、カバンからそっと取り出された、それ。
うそ、まさか。
俺、さすがにそこまで高望みした記憶はない。
「……それ」
「プレゼント。慎太郎に。」
信じられないことが起こっていた。来世に語り継ぐべきレベルの大事件である。意外とかそういう程度の次元の話ではない。今すぐ天変地異だって起こっておかしくない。
いやでも、まてよ、と思う。大抵これ、ラブコメで言ったら、開けたら参考書がガチガチに詰まってるそのパターンまっしぐらじゃないか?
まぁ、北斗先生も俺もラブコメという感じのキャラクターでは無いのだけど…
「非常に失礼なこと考えてるみたいだけど、参考書じゃ無いから。安心して受け取ってさっさと開けろ。帰るぞ俺。」
えっなんで俺の考えてたことわかったの北斗先生天才……じゃなくって……。
「ほんとに、もらっていいの?」
「…しつこい」
無愛想な北斗先生から、紺色の袋で赤いリボンが着いているそれを受け取る。
大きさから思っていたより、かなり軽い。
リボンを解き中を見ると、グレーのマフラーが包まれていた。
「…めっちゃくちゃ嬉しい…俺どうしよ、ありがとう……大事に使う。」
まだ状況を受け入れきれずに言うと、北斗先生は大袈裟だなお前、と呟いた。全然大袈裟なんかじゃない。
「…だってしんたろう、いつも自転車だし寒そう、だから。」
そう下の方を向いて言われて、息が止まる。
『成績以外に関心が無い。』
盛大な。
あまりにも盛大すぎる、勘違いだった。
自分が嫌いだと思う人は、大抵あちらも自分のことを嫌いだから、
だから気をつけなさい、なのか、はたまた、だから気にしなくていいよ。だったか。昔から母さんは俺によく言った。
今更かもしれないけれど、
…好きな人の場合はどうなんだろうか。
少なくても、彼は今、俺がそうであるのと同じように、俺の事を見て意識していた。
「北斗先生あのさ。」
「なに。」
「…俺もう一個プレゼント欲しいです。勉強頑張るのでキスさせてください」
「却下。」
調子に乗った俺のおでこをチョップして、北斗先生が冷たい視線をお見舞する。
「あぅ……んじゃーせめてハグ!!!」
「せめてってなんだよ。
…普通に構わないけれどこの状況だとなんか下心感じるのでナシ。」
「んん……じゃ、分かった手繋いで!!それでとりあえず我慢するから!!」
必死で頼み込んだ俺を、北斗先生がキョトンとしたひとみで見つめた。
やがておずおずと、右手が差し出される。
「……それくらいなら、まぁ。」
そっと握りしめると、男の人らしい固くて広いてのひらと、男の人らしからぬ細くて長い指が、俺の体格にしては小さな手と絡み合った。
「…て、冷たくない?」
そう聞くと、寒いからなぁ…って答える。
「……ねぇ北斗先生、今から暇?」
ふと思いつき、口を開いた俺の言葉に、びくっと反応して考えるような素振りを見せた北斗先生だったけれど、観念したように少し目を伏せて、
「…だからさっきも言ったでしょ、暇だよ」
そう言うと俺のおねがいで繋いだ、手を離して両手をあげるポーズをした。撃たれるのか?
「……出かけよ。準備してくれる?」
「どこに。」
「プレゼントを買いに行くの。貰ったもんは返さなきゃね。」
あまりにも予想外の展開だったからはんぶん本当。けれど、半分は嘘だ。
俺が北斗先生とクリスマスに出かけたいからに決まっていた。
見当付いてんのかよ、って若干的はずれなことをすねたような調子で聞いてきた北斗先生の手を、もう1回握って、手袋とかどうよ。って返してみる。
「…したごころをかんじる。」
「バレた?」
けれどもう、さっきみたいに却下はされないんだから、クリスマス万々歳だ。プレゼントのパワーは偉大。
「なんならついでにディナーでも行く?ディナー」
ふざけた調子で腕を組んだ俺に、ガキが調子にのんな、って子気味のいいテンポで2発、チョップが降ってきて、けれど次の瞬間には、北斗先生はちゃんと玄関の方へ歩を進めていた。
「ほら、行くなら早くしようよ、
…言っとくけど安くねぇんだかんな…今年暇ってだけで。」
「はいはい、分かってるよ、ついでに、駅前イルミネーションしてるみたいだけど…」
「……いく。」