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□ハネムーン
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「迎えに来るから、待っていてね。」

ジェシーが指定したのは夜中だった。俺が早寝なことを知っているジェシーが、わざわざ夜中に出かけようというのは珍しい。特に断る理由もないけれど。

インターフォンがなって、夜中だから音声を確認することも無くそっと扉を開けた。
「行こう、北斗。」

ジェシーが下にとめたバイクに、ヘルメットを渡されて、一緒にまたがる。出かける時は大抵電車じゃなければ、俺の運転かジェシーのバイクなので慣れたものだ。

「…ちょっと、さむい、ね。」

終わりかけている夏の夜中に、そう愚痴ると、ジェシーが着ていた上着を脱いで貸してくれた。


「…ねぇ、どこに行くの?ジェシー」
発進する前に少し不安になって聞くと、ジェシーは少しだけ笑顔になった。


「大丈夫だよ。」


いや、こたえになってないし。
でも、笑ってくれたから胸がきゅうってして、だからそれで結構嬉しくなってしまった。

「…どこでもいいや。ふふっ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。」

けど、少しだけ不安だから、背中にぎゅって抱きつかせてね。


バイクが止まると、うみのおとがした。
俺が着いてくることをまるで疑っていないみたいに、すたすたと歩いていくジェシー。

おいてっちゃうよ、
まってよ。


「ほくと。」


聞いたこともないような優しく、柔らかい声で呼ばれた自分の名前に引き寄せられるみたいに、ふわふわした気持ちになって。

しばらく歩くと、崖まで辿り着く。
そこに来てようやく、俺はジェシーが何をするつもりなのかを察した。

「じぇしー……本気?」
「北斗がいま、嫌だって言えば、コンビニでアイスとカフェラテ買って帰るよ。」

まるでデートの途中、これからどこ行くかを提案してくるみたいな口調でジェシーは告げる。

「ほんとに、いいの?」
「こっちのセリフだよ、北斗。」

波の音が心地よかった。
後悔といえば、作ったカレーがまだ冷蔵庫に残っていること。

―あと、なんだろう。

あ、わかった。

「ジェシー、キスして。」

唐突なお願いに少し戸惑っているみたいに見える。
けれど目を瞑ると唇と唇がゆっくり優しく重なって、飴を舐めるみたいに舌が俺のそれと絡み合った。

俺はたいそう満足して、珍しく自分から抱きついて、頭の辺りをくりくりとジェシーの胸に潜り込ませて思い切り匂いを吸い込んだ。


「北斗可愛すぎて、死ぬのもったいなくなってきちゃうね。」

困った、と言うように肩をすくめるから、変なこと言わないでよ、って笑ってあげる。

「死んじゃってからも、天国でキスできるかな。」
「キスは出来そうだけどセックスはできなそうだね。なんとなく。」

俺も何を真面目に答えてるんだ、って感じだけど、真に受けでえぇ!まじかよーってショックがったジェシーは少し面白い。初笑いならぬ最後笑いがこれとか。


「ねぇ、ジェシー。どうして俺の『お願い』、叶えてくれる気になったの?」

気になって聞いてみたら、予想もしない答えが返ってきた。

「そうだなぁ……なんでだろう…
……あのね、北斗」
「なに?」

「好きだよ。大好きだ。愛してる。
…だからね、ずっと一緒にいたいの。」


『死がふたりを分かつまで』じゃなく、死すらも俺たちを引き離すことが出来ないくらい、遠いところで。


「……いや?」
「ううん。
ジェシーじゃなきゃ、やだ。」

ジェシーは俺の頭を撫でて、こんどは触れるだけのキスをした。

「ロミオとジュリエットみたいだね。」

ロマンチックみたいだけどあれ、悲恋でしょ。
そう言い返そうとしたけれど、月夜のジェシーの顔があまりにもかっこよくて、そうだね、って答えてしまっていた。

うやうやしく俺に差し出された手を握って、崖のふちへ。

「怖くない?」
「ちょっとね。」
「北斗にも、怖いこととかあるんだ。」
「そりゃあ、あるよ。でも」

「ん?」
「…でも、ジェシーと一緒にいられなくなるのが、いちばん怖い。」

普段だったら絶対にしないけれど、もう遠慮はいらないから。ジェシーの胸にまた抱きつく。
大好きな大好きな、広い胸。

これを独占して、永遠に自分のものにして死んでいけるなんて。

「じぇしー、すき。」
「どうしちゃったの?」
「ぜんぶ、おれのなの、ずっと。」
「……うん、うれしい?」

「うれしい。」

「北斗、かわいい。」

とくん、って心臓がなる。
感じるジェシーの鼓動は、俺と違うけど、もう少しで、ひとつになる。

どちらからともなく足を踏み出して、最後に目線を合わせて微笑んだ。

「ジェシーの故郷まで行けそうじゃない?」
「あっちだったら結婚だってできるよ」
「ふふっ、最高。」

生きてきた中で、こんなに幸せに満たされた瞬間はなかった。


「じゃあ、行こうか。」


言ったのは、どちらだったか。


ありふれた、夏の終わりの静かで月の綺麗な夜、


世界中に自慢して回りたいような幸福感に包まれて、俺たちは長い長いハネムーンへと、そっと2人で地面をけって身を投げた。


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