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□イケメンシンドローム
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「…みっちーって」
「…?」

「みっちーって、
……だから、その、…イケメンよな。」
「はぁっ?!」


長尾謙杜
同じグループ、同い年、の、同期。

―社会人で言うところの『同僚』ってやつ、なぜこんなご丁寧に説明をしたかというと、『その程度』の関係性でしかないことを強調しておきたいからである―


に、急に突拍子もなく『顔面』を褒められ、俺は硬直した。


早速で申し訳ないところであるが、嘘をついたことをお詫びしておきたい、つい一瞬前に同僚程度、であると散々強調したにも関わらず、白状すると俺は舞い上がっていた。
何故なら俺にとってに限っては、同僚程度、で留まるような相手ではとうてい、無いからである。


長尾謙杜
同じグループ、同い年、の、同期、で

俺の、初恋の相手だ。



「……なに、急に」
「いや、ほんまに思ったから言うただけやん。」

長尾は、何でも無かったかのようにすました顔をして(その割には俺の顔を真っ直ぐ見つめて)言い切った。

「せやかて……訳分からんて…」

そう、全く訳が分からない。
いや、嬉しいけれど

今は、高校から仕事現場へと移動の最中、
授業を終え、電車へ乗るために駅まで歩いている、そんな、いつも通りといえばいつも通りの夕方で、

確か、話題は今日これからの仕事から、夕飯の話に移り、ココ最近の魚料理率の高さに、好きとはいえさすがにウンザリしてきた、と長尾が母親への愚痴を吐き始め、一通りまくし立てたところだった…、はず、である、

だから、状況的にも話題的にも、今長尾が俺の顔面を、褒める理由が、分からない。

何度も言うが、嬉しいけれど!!


…そして何より、柄にもなく俺をほめたはずの長尾の口調は、その内容に反してどことなく沈み気味…というか、むしろ怒っているときのトーンを感じさせるもので、さらに訳が分からない。

「なんで!?言うたらアカンかったん!?」
「…そんなこと言って、ないけど」

俺の煮え切らない態度が神経をさらに逆撫でしてしまったのか、次の句を続けた長尾は完全に腹を立てているテンションで、ああやっぱり怒ってるやないか…なんでやねんホンマに。

「ええやん!俺がみっちーのことカッコイイって言ったって!なんなん!?」
「…だから!!!なんなんはお前や!
ダメとは言ってないやん!訳分からんって言っただけで!」

堂々巡りになりそうな予感を感じながら、売り言葉に買い言葉でついつい俺の方も口調が強くなっていってしまう、いつものパターン、

「……ホンマ、やめてや、学校帰りで疲れてるし…」

「そんな言い方ある!?僕別に喧嘩売ったわけとちゃうやん!!!褒めたやんけ!」

「それは分かっとる!なんで急にそんなことしたか聞いとるんやろ!!」

そこまで言い返すと、俺より10センチほど下の頭は上へ傾け俺を見上げることを終了させられ、その綺麗に切り整えられた髪の持ち主は、完全にそっぽを向いて「…もういい、」と、言い放った。

「…長尾「もういい!」

つむじを向けて視線をそらされた事で一瞬頭が冷えて慌てて呼びかけた俺の声をさえぎり、

「分かってくれないんやったら、もうええ。」

すたすたと歩みを進め、結局仕事現場に着くまでの時間も、メンバーと合流してからも、それ以降口を聞いてくれなくなってしまった。



「……なんやねん…ホンマ……」

「…みっちー、もうそれ、今日7回目やで同じセリフ…」

個人の撮影を終え、控え室で大きなため息をついていた俺を見兼ねて、話しかけて来たのは大吾くん、おそらく半分程度、面白がってからかいに来ている節があるが、この際見逃してあげることにしよう。

「何をそんなにキツネに包まれたような顔しとんねん。ピチピチの男子高校生がする表情とちゃうで。」
「…長尾が…」
「やっぱり長尾かい!なんなんあれは?今度は何を怒らせたん?流星にベッタリやんけ!俺の流星返してや!!はよ回収せんかい!!!」

1を与えれば100で帰ってくる大吾くんをなんとかさえぎり、
「長尾に、顔面を褒められました」

言うと、まさに「キツネに包まれたような」顔、で、
大吾くんはさっきの俺のように固まった。

「…ええやん、なんでそれで問題になるん…?」
「俺もわからないです。ただ、言うてきた時から割と怒ってたんです。多分やけど。」

なんとか言葉を重ねてきた大吾くんに、さらに状況を説明すると、考えるような仕草をしながら声を小さめにしてぶつぶつと呟き始める。

「はぁー…こればっかりはほんまにムズいな、ハナっから怒ってたとなると、多分怒ってるんは、その会話のみっちーの態度ってわけとちゃうやろうしな…それより前に、怒りながら顔面を褒めたくなる何かがあったと……」

「怒りながら顔面を褒めたくなるって…そんな事あります?」
「いや、俺も経験ないな…」

考え込んだところで、何も分からない。
堂々巡りである。


「……なぁ、みっちー、ホンマに思い出せないん?なんで長尾が、怒ったんか。」
「だって今日俺、長尾と学校で会ってないですよ、放課後、ここに来るのに待ち合わせするまで。
…見かけた記憶もないですし。」

―コトが動いたのは、そう俺が大吾くんへ、お手上げ宣言をしたその時だった。

『みっちーが気づかんかっただけやろ!!!』

突然、控え室のドアが開き、ばんっ!と盛大に悲鳴が上がる、
つまるところ、怒り狂いながらそのドアを乱暴に開けた人間が居たわけで、

「…お前、ホンマ、なんなん、おかしいで今日。」
「…うるさい、ほんまなんなんって何回言うねん。
みっちーのバカ。」


そう、長尾謙杜本人である。


「みっちー、多分やけど、チャンスやで」
徹底的に俺を無視してやろうとしていたのに、先程の俺のセリフに堪えきれず飛び出してきてしまった、という調子で、若干面食らって不機嫌を失速ぎみの長尾を横目に見て、俺に小声で告げた大吾くん、

言われなくてもわかっている、

視線だけで大吾くんへ礼を告げると、見切り発車で長尾の腕を引っ張り、ぎゃーぎゃーうるさいそいつを、なかば引きずるような形で外へと連れ出した。



「…言いたいことあるなら、ちゃんと、おれの目を見て言いや。長尾。
……俺、なんかした?」

撮影スタジオ、入口の脇の、あまり人目につかなそうな建物の隙間まで来て、あくまで下から、直球で訪ねてみるも、効果はなく、長尾は黙ったまま。

ひとつため息をついて俺は、大吾くんが、長尾にバレないようにこっそり、最後に授けてくれた、最終手段に出ることにした。

「…長尾、」

下を向いたままだから、両頬を手のひらで包んで半強制的に、その完璧なまでに整ったアーモンド型の瞳を、俺のそれと合わせる。


「ながお、ありがとう。」


『みっちー、これはホンマに俺の予想だから、…最終手段やで、』
大吾くんの小さな小さな声が、頭の中を反芻する。

『ちゃんと、礼を言い。どうせ言っとらんのやろ。
…流石にそれであんなに怒ったりはせぇへんと思うけど、とりあえずちゃんと話せるかもしれんで。』


「…っ」

長尾の顔が、
日でも暮れるのかという程に紅く染まる。

「なぁ、俺、嬉しかったで。」
「み、…」
「それなのに、なんで怒っとったん?あと、「みっちーが気づかんかっただけ」って、なに?」


赤い頬の下の唇が、ふるふると震えている。

―なぁ、

ダメ押しのように、もう一度投げかけてみれば、
観念したかのように、長尾が目を伏せた。



「『みっちーは、イケメンよな。』」

喧嘩の原因となった台詞を、長尾はなぞるようにもう一度、呟く、
その口調は、1度目みたいに怒ってはいないようだったけれど、どことなく……なんと言おうか、悲しげで愁傷に縮こまっていた。

なんとなく、長尾の話を遮るのもダメな気がしたのでそのまま黙っていると、ぽつぽつとその口から、言葉が漏れ始めた。

「…イケメンだから、いいよな。」

「…。」

「イケメンだから、サービスしてもらえたり、すんねんやろ。」
「大人には可愛がられるし、お店行けば、サービスしてもらえるし、、カフェは窓際通されるし、それから、」

「………それから?」

言葉に詰まった長尾に聞き返せば、泣きそうな顔をして、こちらをもう一度見つめる。

きゅぅっと、唇が固く引き結ばれて、
お洒落な靴を履きこなした爪先が1度、たんっ、と鳴らされた。

これに呼応するみたいに、どこかで車のクラクションがなるのが聞こえる。

それに負けてしまうのではないかと言うほどの、弱々しい声で、長尾は言った。


「おんなのこ、に、告白されたり、」

「……っ、ぇ?」


何に苛立っているのか、さっきの車のクラクションが、また1度、鳴らされる。

かろうじて冷静だった、脳の1部で、ぼんやりと、
あぁ、そういう事か、と、昼間に学校で、女子生徒に告白されたことを思い出した。
つまり、「みっちーが気づかんかっただけ」というのは、あの場に、長尾が、居たということで。

あぁ、そんなことよりも、

―「みっちーは、イケメンよな。」

つまり、これは、


ねぇ、長尾、どうして。
どうして、俺が告白されて、お前が怒りながらそんなことを言わないとあかんねん。
どうして、俺に気づかれないように、あの場から離れたんや。

どうして、
…まるで、昼の女子と同じような顔で、俺の事を見つめとんねん。

…ちくしょう、俺もお前も、大概、鈍すぎるな。
最初っから言ってくれてれば、俺だって。



「長尾。」
散々今日の俺の頭を悩ませた主の名を呼ぶと、決まりの悪そうな顔で「…なに、」と、遠慮がちな返事をくれた。

…なんだか、食べてしまいたい。

つい一瞬前までイラついていたはずなのに、堪えきれないくらいの愛おしさが込み上げてきて、おかしいかな俺は少し笑ってしまった。

「……俺な、この顔で生まれてこれてよかったと思ってるよ。」
「…うん。」

あぁ、もういっそ言ってしまおうか。


「だって、俺、この顔で産まれてきたから、ここにおる。」
「…みっちー?」


「この顔で産まれてきたから、ジャニーズにおれんねん。」


さしたる特技も、
目を見張るほどの運動神経や、周りに羨まれるほどの学力も。
人を引きつけるような人徳も、持たなかったけれど。


「……なぁ、俺、

この顔で産まれてきたから、長尾と今一緒におんねんで。」


ちゃんと、長尾と出会って、好きになれた。


「確かに、得をすること多いかもしれへんけど…それ以上に、この顔で産まれてきてよかったって思うこと、あらへんよ。
…更新されるとすれば、それ…を、長尾が、好きだって言ったくれたときくらいやって、ずぅっと俺、思っててん。」


たんっ、って、
長尾がまた、靴を鳴らす。

「……昼間は、ごめん。
長尾が、どんな意味を込めて言うたんかは、まだ分からないんやけど

俺は、長尾のこと好きや。」


まるで、永遠にでも感じるくらいの沈黙だった。
吹いた風といっしょに笑顔を作った長尾は、

おもむろに手を伸ばし、俺のこめかみからゆっくり、ゆっくりと輪郭にそって撫でて、そのあと

「……更新したる。」
「…なが、お」


「好き。」


綺麗な唇で、その二文字を確かに紡いでみせた。

「女の子に告白されてんの見て、面白くなかった。

…みっちーの顔が、好きや。
でも、声も仕草も、匂いも好きや。
ツンデレだけど、ホンマは優しいとこも、あと、ちょっと…いろいろダサいとこあんのも好きや。」

「…最後雑か」
「ははっ」

いつも通りのツッコミをお見舞いしてやったはずなのに、目の前が滲んでいて、俺って本当にダサい。

俺は泣いてるのに、長尾は笑ってるから、もっと俺のダサさが極まってしまっている。不本意。


「なぁ、みっちー、」

―ちゃんと、僕と会って、僕の事惚れさせてくれて、ありがとな。
だからやっぱり、みっちーの顔、好きや。


撮影用の衣装から着替え終えている制服が、窮屈に感じるくらい心臓がうるさく鼓動していた。

止まらないドキドキをおさえつけるみたいに、息を大きくはいて長尾に向き直ると、また何か言いたげに口を開こうとするからたまらなくなって、反射で片手で塞いでしまう。

「ふぁにふんねふ!!」

抗議の声をあげてぱんぱんと俺の腕をはたく長尾を開放して、

でもすぐにそのままきつく抱きしめた。


「……お前、うるさいねん。
……あんまり心臓が、もたない。勘弁して。」


…あ、そうだ

顔が赤くなっている自覚をしながら、見られないよう注意して耳もとで


「あと、俺もお前の顔が、世界で一番、好きだよ。」


「……なんだぁ、顔だけ?」

おかしげに甘くささやいた長尾が、にくたらしくて可愛くて、かわいくて。苦し紛れに、うるせ、ともう一度笑ってやった。
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