HQ
□3
1ページ/1ページ
「岩泉さん、何でなまえさんは機嫌悪いんですか」
「……俺も聞いたんだがな……『やっぱり及川か?』って言ったら及川の「お」の時点で
持っていた鉛筆を真っ二つに折りやがった」
「…それは気に触ることしたら命が危ないッスね」
*
保健室の事があってから、腹の虫が収まらない。
及川を殴ろうとしたら部員総出で止められるし、殴られてない及川は余裕ぶっこいた顔するし……
あーもう苛々する。
だけど、部員達にその感情を表に出してはいけない。
不愉快に思ってしまう人もいるからだ。
既に手の力が入りすぎて鉛筆が二本も折れている。
……鉛筆ってこんな折れやすいものだったかな?
ただ単に私が物の扱いが雑すぎるだけか。
「あ、そのボールこっちに入れといてくれるかな?」
「はいッ!申しわけありませんでしたァ!!」
「…」
どうしたことか、二年生と一年生の態度がおかしい。
なんと言うか、私をまるで沸点の低い鬼のような先輩だと思っている。
少し肩がぶつかるくらいでも土下座してくる。
なんかいやだ。
「ねぇ…」
「ひっ…はい!」
「そういう態度、止めてくれるかな?いい加減怒るよ」
わざと低いトーン&無表情で言うと、聞いていた人は「ごめんなさい」を連呼してきた。
なにか理由があるのか。
「先輩が苛々している雰囲気というか…オーラというか…そういうのが伝わってきて
俺たちが先輩に気に障ることはしてはいけない気がしたんです」
ああ、なんだそんなことか。
別に後輩たちが気にかけることではないだろう。
「良いよ。君たちは何にも悪くないから、悪いのは お・い・か・わ・さ・んだから」
*
「おい、くそ川。お前、またなまえに何か言っただろ」
「え〜何も言ってないけど?ただ
ちょっとほっぺにちゅーしただけだけど?」
及川は私がいることを知らないで言っている。
岩泉君は私の存在に気づき、顔を青くさせて固まっている。
及川にあんなことされるなんて一生の恥。
それを言いふらそうとしているなんて、絶対に私に対しての嫌がらせだ。
これは確定だ百パーセント。
「おーいかーわくーん。あっそびーましょー」
「なまえいたんだ。ていうか、良いじゃないほっぺくらい。まだ気にしてんの?」
「しねや。取りあえずいっぺん死んどけ」
手に持っている記録表を静かに置き、ジャージの袖を二の腕くらいまで上げ、
ハーフアップだった髪型をポニーテールに結びなおした。
そして何故か傍に置いてあったテニスのラケットを取った。
あ、これ私のラケットだ。体育の授業で使ったままもっていくの忘れていたのか。
「許さん。誰にやられようと頬くらいなら許す。及川は例外だ」
「きゃー岩ちゃん助けて!アイツ絶対殺す気だ!!」
「私、実は小学校のころテニスにハマっていたんだよね。何回かネット破けちゃったけど」
「なまえ止めとけ……いや、一回は許す」
及川も大事なチームのセッターだ。
さすがの私だって怪我させるつもりではない。
だからといって何もしないでいるのはどうにも癪に障る。
ラケット片手に逃げていく及川を追った。
「一発!二発でも良いけど叩かせようよ。減るもんじゃないし」
「ッ…逆に怪我が増えるんでしょ!!やだよ!!」
及川が躓いて床に倒れたのを見逃さず、及川に跨り
ラケットの間違った使い方をしようとしたとき
「なまえさん、止めましょう。ラケットが可哀想ッス」
「影山君…それもそうだよね」
とんと肩に手を置かれ、影山君に止められた。
私の愛用しているラケットなので及川に叩かれるために使うってのも
そりゃ可哀想だ。
「ひどくない!?及川さん<ラケットってこと!?」
「及川とラケットでどっちかと結婚すれと言われたら、迷わずラケットを選ぶ」
当たり前だろという声が次々に聞こえる。
結婚じゃなくとも、世界で及川徹かラケットがなくなるとしたら、
及川がなくなるほうを選ぶ。
及川はぐすんぐすんと嘘泣きをしているが、泣いていないことが分かるし、
そもそもかわいくない。気持ち悪い。
「嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない。本当は俺のこと大好きなんじゃないの〜〜?」
「すげえうぜえ」
語尾をわざとらしく延ばし、私の顔に近づいてきた。
『愛してるよ』
あの時言われた言葉が脳内を埋め尽くしてくる。
不愉快極まりないことだ。
なぜ、思い出してしまうのか。
及川の唇が触れたところは何十回も水で洗った。
だが、全力でかきむしりたいくらい自分の皮膚が忌まわしく思える。
爪が伸びてる状態なため、少し掻くだけでも小さな傷の一つや二つはできる。
今の私だと、一度掻いたら気が済むまで掻いて顔が恐ろしいことになる。
この行き場のないイライラをどこで解消すれというの。
「ちょっと頭冷やす!!」
「おー行って来い」
ラケットを持ったまま、体育館へ出て行く。
後ろで「待ってよ!」という及川の声が聞こえたが知らん。
私は何も聞いちゃいねえ。